実習-4
「あれ、主任、食べないんですか?そのオードブル。」
「ああ、これね。」
「とっても美味しいですよ。」
「僕はメインディッシュさえ味わえればいい。ここの肉料理は最高なんだよ。」
「そうなんですか・・・。」
板東の前に置かれたスープにもサラダにも手が着けられていなかった。
食事が済み、食後のコーヒーが運ばれてきた時、板東は言った。
「真雪さん、彼氏はいるんですか?」
「え?」
「お付き合いしている人、いるんですか?」
「は、はい。一応・・・・。」
「そうですか。同級生?」
「い、いえ、年下です。」
「ほう。それはとても幸運な彼だ。」
「え?」
「『年上の女房は、金の草鞋(わらじ)を履いてでも捜せ』って言うじゃありませんか。」
「そうなんですね・・・。」真雪はうつむいた。龍の笑顔が一瞬、真雪の脳裏に浮かんで、すぐ消えた。
「出ましょうか。遅くなってしまった。」板東は真雪の反応も訊かず、椅子から立ち上がった。「ここは僕が持ちますから。」
「そ、そんな!それはだめです。あたし、ちゃんとお金持ってますから。」
「僕が貴女を誘ったんですから。」
「そ、それは・・・。」
「真雪さん、」板東は真雪の肩にそっと手を置いて低い声で言った。「男に恥をかかせるもんじゃありません。」
「でも・・・。」
「大丈夫です。大人になったとは言え、貴女はまだ学生の身だ。僕に任せて下さい。」
板東は支払いを済ませると、ドアを開けて真雪を促した。「こんなことで貴女に借りを作らせる気はありませんよ。」
板東と真雪は並んで水族館への道をたどり始めた。
真雪の足下はふらついていた。街灯の白い光がぼやけ、ゆらゆらと遠くをさまよった。
「少し飲み過ぎましたか?」
「何だか、身体が熱いです。」
「初めてのお酒でしたからね。」
「調子に乗って飲んでたら、何だか・・・。」
板東は真雪の肩に手を置いた。真雪は板東に身を寄せながら歩いた。
「寒くないですか?」板東が肩に置いた手に力を込めた。
「大丈夫。大丈夫です。」
二人は橋の手前の交差点を右に折れた。そうやってしばらく川沿いを歩いているうちに、真雪は気づいた。「え?」
真雪は立ち止まった。板東も立ち止まった。しかし真雪の肩に置いた手はそのままだった。
「どうしました?」
「水族館はこっちじゃなくて・・・」
そこまで言った時だった。いきなり板東は真雪の両肩を掴んで身体を自分の方に向けると、自分の唇を真雪のそれに重ねた。真雪は驚いて目を見開いたが、板東の唇の柔らかな感触が、何故か彼女に抵抗する手段を選ばせなかった。板東は口を離さなかった。いつしか真雪は目を閉じ、板東の舌が自分の口の中に静かに入り込んでくるのを味わい始めた。
板東がようやく口を離して、彼女の耳元で囁いた。「さっきのお酒よりも、もっと甘い時間を過ごしませんか?」
真雪は小さく、こくんとうなずいた。