ハーモニカの君-1
西の大陸の北側に位置する魔法大国ゼビア。
その、ゼビアの城には魔法にまつわる逸話が多数存在する。
炎が絶えない暖炉。
風も無いのに揺れるカーテン。
歩き回る空洞の鎧。
ゼビアの歴史を語る肖像画。
そして、月が綺麗な夜に流れるハーモニカの音色。
その音色は人々の耳に優しく響き、夜衛の仕事をする騎士団員達の中では『ハーモニカの君』という呼び名でアイドルとなっている。
更に、サイラの国のイズミ姫が妃となってからは彼女の清らかな歌声が加わり、綺麗な2重奏を奏でている。
しかし、その『ハーモニカの君』の正体……実は、ゼビア国王ドグザール=キョウ=ゼビア。
40歳過ぎの髭面のおっさんである。
それを知っているのは妻であるイズミ王妃と、次期国王代理であり騎士団隊長の魔導師アースだけ。
もし、正体がバレたら騎士団員達の士気に関わるので、2人共ひた隠しにしているのだった。
そして、今夜もハーモニカの音色は城を優しく包んでいた。
「あ……この曲好き」
アースの妻であり元ファンの姫で現イズミ王妃の専属近衛騎士キアルリア=C=ファン、通称キャラはベットの上で目を閉じてうっとりとハーモニカの音色に耳をかたむける。
「ああ……」
キャラの横でうとうとしていたアースは、彼女の声とハーモニカの音色に目を覚ました。
「ファンじゃ聴いた事無い曲なんだ〜」
「西の大陸じゃ有名なラブソングだがな」
「ふぅん」
ラブソングという事は歌もあるんだな、と思いつつイズミが歌い出すのを待っていたのだが……いつまで待っても歌声は聴こえない。
「調子悪いのかな?」
夕食の時はいつも通りだったが、何かあったかな?とキャラは少し身体を起こした。
「ん〜…ああ……これ、デュエットだからなぁ……1人で歌うのが嫌なんじゃね?」
「うわ……それ、酷ぅ」
1人でデュエットを歌えと言うのか……ハーモニカの君は案外意地悪だ。
(ふむ)
アースはドグザールの考えが何となく分かり、苦笑してキャラを抱き寄せた。
「んにゃ」
抱き寄せられたキャラは素直にアースの腕に甘える。
「まあ、いいじゃねぇか」
身体全体で絡みついてくるアースにクスクス笑ったキャラは、自分も手足を絡ませて愛しい旦那様にキスをねだるのだった。
結局、その夜イズミが歌う事は無く、ハーモニカの君の独奏となった。