卒業-4
「違うわよ。その、お金とかじゃなくてさ……何か、芸とか出来ないの? あたしが見られてばかりじゃ、つまんないじゃない?」
「芸、ですか……うーん、僕、何も取り柄がない男で……ごめんなさい。あ、でも」
「あ、別に無理にとは言わないわ、うん」
なんかタケシを見ていると、調子が狂う。
いつも謝ってばかりなので、何か気の毒になってきて、あたしも毒毛を抜かれてしまう。
タケシは腕組みをしながら、あたしの顔をちらりと見て、意を決したように立ち上がる。
「あの……じゃあ、これでどうでしょうか。つまらないものですが……」
タケシは地面の上に立つと、息を一つ吸って吐いた。
次の瞬間、彼の大きな体が後方に回転した。
バク転、バク転、そして最後に捻りを加えたバク宙!
見事に決まり、タケシはゆっくりと両手を上げた。
あたしは少々度肝を抜かれて、思わず拍手をしてしまった。
「何よタケシ君、凄いじゃない! そんな事が出来て取り柄が無いなんて」
「いやあ……」
タケシは少し照れたように、小ざっぱりと短く髪を刈った頭を片手で掻いて見せる。
だが、彼の顔はそんなに笑ってはいない。むしろ、少し落ち込んだかのようにも見えた。
「タケシ君、体操やってるんだ?」
「……昔は、ですね。今は、やってないんです」
「どうして? こんなにすごいのに?」
「僕、身長が急に伸びちゃって……体操続けるの、難しくなっちゃったんです」
「え? 身長が高いと、出来ないの?」
「僕くらいは、練習すれば大抵出来るようになるんです。難しい技は、身長が高いとなかなか厳しくて」
「そう……それは、残念ね。でも、なんとかならないのかしら?」
「もう、いいんです。諦めましたから」
タケシの優しそうな目が、どうにもならないような諦念で満ち溢れていた。
あたしに体操の何たるかはわからないので、なんとも言いようが無い。
何か言葉をかけようと思ったが、言葉が出てこなかった。
しかし、もう少し彼と話をしてみたいような気がした。
「タケシ君、また、ここに来るのよね?」
「来ても、いいんですか?」
「あたし鍛錬終わった後に喉乾くから、水筒にお茶でも入れて持ってきなさい。そうしたら来てもいいわ」
「は、はい!」
タケシがあたしを見つめて笑顔を見せた。
あたしの鍛錬なんか見て、何がそんなに嬉しいのか。
でも、この少年の笑顔を見たのは、これが初めてだなと思った。