卒業-19
それから、一年後――――
そのベンチには、眠そうな目をした小柄な少女が座っている。
彼女の着ているTシャツとスカートは、あたしのお古だ。
小柄な割に胸だけは大きいので、微妙にサイズが合っていないように見える。
「ちょっと、ショウコ姉さん、まだその踊り終わらないんですかぁ?」
「踊りじゃないわよ。これは、李氏八極拳っていう――――」
「そのリシなんとかを早く終わらせてくださいよ、もう朝ごはん出来てんですから」
ひと月ほど前に、あたしの店に突然現れた少女だ。
姉さんなどと言うが、彼女とあたしは何の関係もない。
おかしな格好をして、頭を信号機のように染めているナンパ男に押し付けられたのだ。
家事が上手な子なので、今はなんとなく居候させてやっている。
「にしても、この銀の水筒、もっと可愛いのないんですかねぇ? おじさんがよく使いそうなのじゃないですかぁ?」
「それは、それでいいのよ」
「ショウコ姉さん、時々おじさんみたいな事しますよねぇ。部屋の中で裸になったり」
あたしは、ゲンコツをそのユイという名の少女の頭に軽くぶつけてやる。
「あっ痛ぅ! すぐ暴力振るうんだから……」
「ホラ、そろそろ帰るわよ。今日の朝ごはん何?」
「今日の朝ごはんは、半熟の目玉焼きとひじきの煮物と――――」
一年経って、あたしの人間関係も少々変化して、あまり過去の思い出などないあたしにも思い出と呼べるようなものが出来つつある。
あの優しい目をした少年の中でも、あたしは思い出になっているのだろうか。
ユイの横に置かれた銀の水筒を手にとり、そんな事をふと思った。
−続く