『BLUE』-1
・・・誰もいないはずのプール。水を切る音。
時計の針は夜の七時を過ぎていた。
古典の補習でみっちり絞られてしまった皆瀬涼生が部室に入った頃には同級生の木本がいるだけで、その木本も丁度今着替えを終えようとしているところだった。
「何だ木本、もうアがり?他の奴らは?」
「帰ったよ。男子で残ってるのはオレだけ。」
「また勝手に終わったのか?しょうがないなぁ・・・」
木本は制服に着替えると鏡の前に立って、乾き切ってない髪をセットし始めた。彼は一応、男子の水泳部部長を任されている。
だが女子に比べて圧倒的に人数が少ないこの男子部は、今年も新入部員が入らず二年生の五人しかいない。
しかもその殆どが本来運動には到底向かない様な連中で経験者の木本と涼生で支えているのが現在の実情だった。
適当に空いたロッカーに荷物を詰め込んで、鞄から水泳バッグを取り出した。脱いだ上着を近くにあったハンガーに掛ける。
「今から泳ぐのか?大分暗いぞ。」
「屋内プールならこの時間でも空いてるから。少しだけやってくよ。」
「熱心な奴だな・・・。」
木本が半ば呆れるようにして涼生に向いた。
「まぁ、頑張れよ。オレも付き合ってやりたいけどバスの時間が・・・」
とぶつくさ言いながらさっさと帰ってしまう始末。
涼生の高校にはプールが二つある。
男子に比べて全国的に有名な規模を保つ女子水泳部があるからだ。
そして屋内プールは普段、当然のように女子しか使えず余った涼生達に与えられたのは25mの屋外の方だった。
早いところでは五月からシーズンインする競技だから、その時季に入る屋外はまさに冷水が体に刺さる様だった。
パシャン、パシャ・・・
そのとき誰もいないはずのプールに水を切る音がした。
屋内プールの方からだ。
―おかしいな?女子は今日、練習休みだったはずだけど・・・?
木本の言葉を思い出す。
男子はたとえ女子が休みでも屋外を使う。
そういうルールがある。
だから今日、この時間に木本以外の部員が泳いでるとは考えにくい。
第一、彼らに居残って練習するような気概はないだろう。
自分も似たようなものか、と涼生は苦笑しながら付け足した。
パシャン、パシャン!!
近づくと音は一際強くなった。
とりあえず中に入って確かめないと練習も出来ない。
シャワーを浴びて、角度のあるスロープを昇っていく。次第に音が近づく・・・。
涼生の目に最初に飛び込んできたのは予想どおりプールで泳いでいる誰かだった。
(随分とハイペースだなでもフォームが抜群に良い・・・
誰だ、アイツ?)
上半身を捻りながら腕を掻く。それに合わせてテンポ良くバタ足を入れていく。クロールと呼ばれる泳法は人間が水中で最も速く動ける方法だ。
単純だがそれだけ難しく奥が深い。
しかし、今涼生の目の前には完璧なそれがあった。
近くまで寄るとその誰かの輪郭がはっきりしていくのがわかる。