『BLUE』-42
エピローグ
暖かな日差しは、蝉の鳴き声とともに、夏の訪れを告げていた。
堤防に座って、海を臨むと一面の海岸線にぽつんと二、三隻の漁船が白い煙を上げているのが見えた。
海は穏やかで、数人の釣り人が糸を垂らしていたが、誰も釣れている様子はなかった。
「もうすぐね」
隣に座っていた水原が口を開いた。彼女はぼんやりと見つめていた海から視線を外して、彼に向いた。
「見えるかな、飛行機」
「大丈夫だよ、今日は良い天気だもの」
水原は頷くと、空を見上げて大きな伸びをした。
彼は後ろ手に同じ雲を見つめた。
「空港で見送らなくて良かったの?」
彼が聞くと水原は首を横に振って小さく目を細めた。風が、潮の匂いを運んでくる。少しして、彼女が思い出したように呟いた。
「そういえば、昨日電話で何か言い掛けてたけど・・・アレ、なんだったの?」
「それは・・・」
と彼が口籠もる。顔を赤くしてうつむくとゴニョゴニョと微かな声を出した。
「なに?聞こえないよ」
水原が眉をひそめた。はっきり言ってよ、と腰を浮かせてこちらに耳を近付けてくる。彼は悩んだ末に決心すると姿勢を正して水原に向いた。
「あの、その、俺・・・」
次の瞬間、大きな機械音が二人の耳を塞いだ。
遠くから聞こえてきた音はだんだんと低くなり、やがてその姿がみえた。
大空にむかって旋回していく飛行機を目の端にとらえると、水原が明るい声をだした。
「あ、きっとあれよ。時間ぴったりね」
彼女は立ち上がると飛行機にむかって嬉しそうに手を振り上げた。
それに応えるようにジェット機はひこうき雲をまぶして飛び去ってゆく。
「あの中に深間君が乗ってるのね・・・」
大会後、深間は全日本選手権で見事優勝し、そのまま八月の五輪に選考で選ばれた。
弱冠18歳での出場だった。
すこし早いが彼は自分の夢を果たすことが出来たのだ。本当に、凄いと思う。
今でもあのレースを思い出すと、信じられないような奇跡だったのだと思う。
ゴール寸前で、水原の声だけがはっきりと聞こえた。気のせいではなかった。
倒れこむようにそのまま壁にタッチする。ゆっくりと一息吐くと、何もかも終わった後にくる全身の疲労感が心地よかった。
スコアボードをしばらく眺めていた深間は、フッと笑うと多少大げさな仕草で握手を求めてきた。
スタンドからは暖かい拍手が鳴り止まなかった。
水原はいつのまにか自分の席に戻ると、普段どおりにすました笑顔のまま手をたたいていた。
涼生は深間の握手に応えると、スコア板に記された自分の名前を呆然とみていた。