『BLUE』-40
「いいぞ、なんとかついていけてる」
と木本が嬉しそうな声をあげた。
下田は先頭の選手のすぐ後ろにぴったりくっついて離れない。清新の背泳ぎの選手は横目で一瞥をくれると無理矢理スピードを上げ始めた。
だが、そのためにフォームを崩してしまったのか下田との差は一向に縮まらない。
そして、そのまま残りが10mを切って、次の泳者が台に上った。
「頑張れよ、平坂ッ!」
「おう!」
平坂が振り向かずに左手を振って応えた。
目線はすぐ前の下田をはっきりと捉えている。
下田の手が壁につくとほぼ同時に先頭集団が飛び出した。
平坂は一旦水中に沈み込むと、ゆっくりとしたフォームで一掻きを行なった。
他の選手達はとにかく前に進もうと必死で泳いだ。
平坂と先頭の清新だけがすらりと伸びた泳ぎをこなしていた。
すると、次第に三番手の高校が遅れ始めたのをきっかけに、次々と先頭集団から後退していった。
「すごい!」
と涼生は眼を丸くした。
「下田も平坂も、速いじゃないか」
「うん。フォームが安定してるからスピードが落ちないんだ。そういう練習をしてきたからな」
と木本が身体を解しながら笑った。
「木本が次で抜かしてくれれば楽なんだけどな」
「おいおい、プレッシャーかけないでくれよ」
木本は苦笑すると、涼生に背を向けてスタート台に上がった。
平坂らはすぐそこまできている。
「皆瀬」
と木本はいった。
「勝とうぜ」
彼はじっと前方を睨み付けたまま呟いた。
その眼は涼生を水泳部に誘ったときと、同じ眼をしていた。
「絶対に、勝とうぜ」
「うん・・・」
逆光で涼生が一瞬彼を見失うと、大きな音を立てて水のなかに消えていった。
木本のバタフライは、実際驚異的な速さだった。
それは清新の三番手にも充分言えることだが、中学からの実績を考えると比ではなかった。二人は抜きつ抜かれつ50mを折り返すと、さらにスピードを上げた。
にわかに場内が騒つき始めた。大穴の池田高校のまさかの健闘に、誰もが驚きを隠せなかったのだ。
それから清新と木本は並んで全く離れずに後半を迎えた。
木本の言ったとおりのレース展開だった。
涼生は無言で準備をする。スタート台の上に立つと、木本達がすぐ目の前まできていた。
それをみて涼生は、彼と仲間達に心から感謝した。
みんなの頑張りで、最高の舞台で深間と勝負できるこの状況ができたのだ。
チラッと応援席を覗くと、盛大に盛り上がってる女子部や後輩達のなかで、祈るように見つめる水原の姿があった。
ありがとう、と涼生は心の中で水原に礼を言った。
彼女の無償の支えがなければ、自分はここまでこれなかった。
今なら、誰にも負ける気がしなかった。