『BLUE』-4
「・・・遅ーい。アンタ何してたのよ?」
「ゴメン。今日掃除当番だったんだ。」
「とにかく早く着替え済ませなさいよ。」
明らかに不機嫌そうな彼女の顔色を伺いながら更衣室に入る。
案の定、室内にはもう誰も残っていなかったがまだ少し湿った空気が混じっていた。
ついさっきまで皆もここにいたのだろうか。
「ねぇ、まだ?早くしないと時間が惜しいのよ。」
ガチャガチャとドアをいじる音がして、涼生を脅してきた。
「わ、分かったからもう外で待ってろよ。」
焦って下げかけたズボンを戻したが、彼女が部室から出ていく気配がするとようやく落ち着いて更衣ができた。
この数日間涼生は放課後の時間を彼女の為に費やしている。
『明日から毎日、放課後の私の練習に付き合うこと。』
これでプールが使えるなら楽な条件だが、実際は彼女のタイムを取ったりフォームをチェックしたりでろくな練習が出来なかった。
馬鹿な安請け合いはするもんじゃない。
涼生はつくづくそう思う。
更衣を済ませロッカーの中から長めのシャツを羽織った。
さすがに海パンだけで外に出る訳にはいかないし、水原は気にしてないかもしれないが格好としてはかなり恥ずかしい。
・・・結局水原は何も言わなかったし、練習が始まると涼生もそれどころではなく今夜も彼女の命令に近い指示を受けながら合間を見つけて自分の練習にあてていた。
ふと水原が泳ぎを止めて涼生をじっと、観察するような目で見てきた。
彼も気付いて足を止める。
「・・・何だよ?タイムならさっき測っただろ。」
「ん。いいからそのまま続けて。」
怪訝そうに涼生は見たが水原は気にも留めていない様子だ。
仕方なく再び泳ぎ始めたが涼生はといえば彼女の視線が気になって集中しづらい事この上ない。
「なぁ。すげー泳ぎづらいんだけど。」
先に痺れを切らしたのは涼生のほうだった。
水原はようやく目線を上げて少し申し訳なさそうに笑った。
「アハハ・・・ごめんごめん。
ちょっと気になるんだよね、アンタの泳ぎ。」
「どういう事?」
涼生は足を止めて問い掛けた。
「皆瀬って水泳は高校から?」
「そうだよ。小学生のときにも少しやってたけど。」
「短距離専門よね、確か。」
「そうだよ。50と100mしか出たことないし・・・だからそれが何なんだよ?」
すると彼女は実に言いにくそうに一瞬ためらって、でもはっきりと言い放った。
「・・・アンタさー
向いてないかもね。
泳ぎ方が競争する格好じゃないもの。」
「え?」
それは鈍器で殴られるような衝撃だったに違いない。今まで彼女に言われた台詞の中で一番キツイ・・・いや、辛いものだったから。涼生は何か言い返そうと思ったが言葉が詰まって出てこない。
水原の言うことはいつも間違いなかった。
なぜなら彼女にはそれを裏付ける実力がある。
確かな発言力がある。
社会に認められた人達だけが持つ、無言の権力・・・。
一つとして彼は持ち得ていなかった。