『BLUE』-39
会場に最後のアナウンスが流れる。それに合わせて選手達がプールサイドに姿を現すと、会場の拍手がパラパラと控えめに響いた。
午前からいた客もほとんど帰っていないらしく、階段状の席には他校の応援団の姿もあった。
指定された位置につくと、ちょうど1コースの学校名がアナウンスされたところだった。
全員揃うと静かに自分達がコールされるのを待った。
《第三コース、池田高校の泳者は下田くん・・・》
一人ずつ名前が読まれていくのを立ったままの姿勢で迎えた。木本の礼に合わせて他の三人も頭を下げると、入場時よりは若干少ない拍手が送られてきた。
涼生は人垣のなかに池田高校の応援席を探した。
見知った顔を何人かみかけて、すぐに視線を止めた。応援席の隣で水原姉弟はこちらを向いて手を振っていた。
彼女はもう、昨日の様に俯いたりはせず、とびきりの笑顔をつくって右手を高々と振り上げていた。
笛が鳴り響いて、目の前にいた第一泳者の下田がビクッと震えた。
「大丈夫か?下田」
「平気さ。俺は落ち着いてるよ」
下田は苦笑いしたまま手のひらで自分の腿を押さえた。
「スタートが勝負だぞ。お前に任せたからな」
平坂が下田の背中をバシッとたたく。二人は笑いながらお互いの健闘を祈っていた。
「俺と下田でなんとかつなぐからよ、あとの二つで追い抜かしてくれ」
平坂が振り向いて言った。木本は苦笑すると情けない目つきで涼生に告げた。
「無茶言うな、俺はまともに練習してないからな。
抜かすのは皆瀬でだろ?」
「はあ?・・・お前ら頼むからもう少し頑張ってくれよ」
「精一杯やって最高の形がその状況なんだよ。つまり、俺たちに出来るのはお前を深間と同じスタート台に乗せることだけだ。
そっから先は、自分で決めろや」
涼生が思わずため息をこぼすと、下田は幾分かリラックスした顔でプールに入っていった。
審判がコースの横手に立つ。
位置に着いて・・・
選手がすっと上体をコースに近付ける。自然と両手に力がこもる。
ヨーイ・・・
「・・・ドンッ!」
審判の右手に掲げられた銃声が合図になった。他校の選手に劣らずに下田がいいスタートを決めた。
気がつくと、隣のコースにいた深間と目が合った。彼の見開かれた大きな瞳はじっと涼生をみていた。涼生も目をそらさず、対抗するかのように視線を外すことはしなかった。
深間はフッと口元を緩めると、自分の高校に向き直った。
序盤のレース展開をリードしたのはやはり清新だったが、下田はよく踏ん張っていた。5コースの高校と二番手争いをしながら、清新と身体半分の差を保ったまま、50mを折り返した。