『BLUE』-38
「よーし、たまにはキャプテンらしいことするか」
突然、木本が立ち上がってみんなを集めた。
「なんだ、なんだ?」
「円陣でも組む気か」
口々に文句が飛び出すと木本は早く並べ、とみんなに肩を組ませた。そして確信に満ちた声で喋りはじめた。
「・・・確かに清新は速いと思う。高校NO.1の深間がいるんだから、最強のチームかもしれねーな。
だけど、今は、なんだか負ける気がしない。」
「どうしてだ?」
涼生が聞くと、木本は満面に笑みを浮かべて晴れやかな顔でいった。
「俺たちが、最高のチームだからだよ」
高鳴っていく胸の鼓動とは別に、心の中はずいぶんと穏やかな気分だった。
もうスタートはすぐそこに迫っている。視界の隅に流れていくひこうき雲が幾重にも重なっていった。
係員が一人ずつ名前を確認していく。慎重な作業に、今までのレースとは全く違う緊迫感を感じた。
それは、プログラムの最後に載っているリレー競技の花形だからという事ではなく、それに出場するある一校が、観衆の注目を一身に浴びているからだろう。
最終組の列が呼ばれはじめると、木本を先頭に前組の後ろに並ぶようにして座った。
「第3コース、池田高校でいいですか?」
係員が傍に立って聞いてきた。木本がはい、お願いしますと礼儀正しく挨拶すると、係員も笑って応えた。
「第一泳者は下田くん、第二が平坂くん、第三が木本くんでアンカーが皆瀬くんで合ってるね?
ベストを尽くせるように、頑張りなさい」
続いて4コースを泳ぐ清新工業のチームが点呼された。深間の名前が呼ばれると、周囲が騒ついた。いつものことだったから彼もあまり気にしていない。一際大きな声で点呼に応じると微かに笑った。
・・・昨日のレース後に彼が言っていたことを涼生は思い出していた。
「調子が悪かったみたいだね」
水から上がって頭を拭いていた涼生に、深間が話し掛けてきた。
皮肉に聞こえたが、涼生は素直に答えた。彼がそんなことをわざわざ言いにくる人ではないと分かっていたからだ。
「負けた言い訳にはしたくないな」
「まだ僕が完全に勝ったわけじゃないよ」
と、深間は言った。
「二日目のメドレーリレーが残ってる。そこでどっちが本当に速いか決まるんだ」
「もし、君が勝ったら?」
「僕が奏子をオリンピックまで連れていく」
深間はきっぱりと言い切った。今までにない感情を初めて涼生にぶつけると、次第に堰を切ったようにあふれだした。
「そのために今まで必死で泳いできたんだ。
奏子の気持ちは知らないけど、君の実力を認めるまで僕は諦めない・・・諦めないから」
深間の目が鋭く光った。負けたばかりのショックに彼の迫力が重なって何も言い返すことが出来なかった。深間は背を向けて歩きだすと、振り向かずに立ち去っていった。
涼生は濡れた髪を乾かすのも忘れて、しばらく茫然と立ち尽くしていた。