『BLUE』-35
最終話
「ここにいたんだ」
水原が声をかけるとその影は驚いて見上げたが、彼女だと分かると顔を伏せてうなだれてしまった。
「隣に座ってもいい?」
・・・返事はなかった。
水原は黙って腰を下ろすと、髪をいじったり足を組み替えたりしながらしばらく口をきこうとしなかった。
校舎の中央の大時計は六時を少しまわった所で止まっている。
空に突きだしたフェンスは赤く染まり、二人の間には静まり返った空気が流れていた。
影は足下を見つめたまま、どこか遠くから聞こえてくる風の音に耳を傾けていた。
「惜しかったね、今日は」
先に口を開いたのは水原だった。
「ホント、良くやったわよアンタ。
この前まで素人同然だったのに・・・頑張ったよ」
涼生は答えない。目線を上げて彼女のほうを見ると、その瞳が微かに潤んでいた。
――何か言わなくちゃ・・・声を絞りだして涼生は
「ごめんな」
と一言だけ謝った。
彼女を首を横に振るとちいさく笑った。
夕日に照らされた水原の黒髪が、七月の風に揺られて流れていく。その様子は本当に綺麗で、涼生はいつまでも隣で彼女を見守っていたかった。
「ね、涼生・・・」
水原がぽつりと言った。
「私、アンタに感謝してるの」
「水原が、俺に?」
涼生は彼女を見返した。水原は目の前で組んだままの手を見据えながら言葉を続けた。
「私、今までずっと一人で泳いできた。
応援してくれる人や、同じ部活の子達に声を掛けられても、どこかで線を引いてた。意地になってたのかもしれないけど、周りの期待は私じゃなくて、私の出す記録や結果を求めてたって気付いてからは本当に苦しかったわ。
・・・けど、涼生は違った。
私を必要としてくれた」
水原の白い手が伸びて、涼生の左腕に触れると、そこだけ熱くなっていくのを感じた。
「嬉しかった。結果以外で自分を見てくれてたのは・・・貴方が初めてだったから」
「水原・・・」
彼女の手が静かに下りてきて涼生の掌と重なった。
「やっと気付いたの。私、ずっと涼生の事が・・・」
そこまで言いかけた彼女を、涼生は慌てて制した。
水原は目に涙を湛えたまま不思議そうこちらを見た。
「そこから先は、明日リレーで勝って、絶対に勝つから・・・その時は俺から言うよ」
涼生は顔を上げて、もう一度同じ誓いをたてた。
また失敗を繰り返すかもしれないけど・・・深間に負けたままでは、何も手にできないと涼生は思ったのだ。
それに彼も納得しないだろうから、やっぱりこの方法が一番良いんだ。
自分に言い聞かせるように涼生は頷いた。
水原はそれからフッと笑って、