『BLUE』-33
・・・でも、それは深間も同じだったんだ。
涼生に勝てれば水原の気持ちが自分に向いてくれると信じてるんだ、きっと。
《ただ今のレースの着順は一位、第4コース、水原さんが大会新記録で・・・》
涼生は黙ったまま彼には応えずに、目の前で泳ぎおわった水原を歓声のなか、眩しそうに眺めていた。
騒ついた気持ちが、忙しなく涼生を支配していた。
ロッカールームで更衣を済ませ入り口のドアを開けたところで、アナウンスが次の種目の召集を呼び掛けているのが聞こえた。
「いよいよか・・・」
鼻の奥から思いっきり息を吸い込むと気合いを入れるようにひとりごちた。
召集所の前にはまだ人がまばらで深間の姿は見えなかったが、そこで涼生は意外な人物を見つけた。
その少年は涼生に気付くと待っていたように手を振り向こうから近づいてきた。
「久しぶり」
と、少年が言う。
「どうした、お姉さんの応援かい?」
「それもあるけど・・・今日は兄ちゃん達を観にきたんだ」
「俺たちを?」
うん、と頷くとその少年――タケルは涼生をじっと見回して、
「昨日、ジムで深兄が夜遅くまでずっと泳いでたから、気になって・・・」
と、目を細めるように呟いた。
タケルはまだ小学生だが妙に大人びていて、姉の同級である涼生にも対等に接している。
単に生意気ともとれるこの弟が涼生は別に嫌いではない。ひねくれてはいるが、率直で根が真面目なところは姉弟そっくりで憎めなかった。
「前日にあんな疲れの残る泳ぎ方してたら、タイムなんて出るはずないよ」
「何だ、深間が心配なのか?」
涼生は、意外そうな顔をして聞いた。
タケルはまさか、と首を振ると、
「違うよ。深兄が普通じゃないことくらい俺だって知ってる。
むしろ心配なのは兄ちゃんのほうだ」
「俺・・・?」
「様子がまるで違うんだ。深兄があんなに真剣になって泳いでるのは、たぶん初めてだと思う」
タケルは困惑していた。自分の姉が原因になってるとは知らずに、ただ混乱するばかりだった。
「だから、深兄が本気になって泳いだら・・・たぶん兄ちゃんは勝てないよ」
「そんなの――」
やってみないと分からないじゃないか、と言おうとしたところで言葉を切った。通路の向こう側から水原が歩いてきたからだ。