『BLUE』-26
「お前は軽いヤツだけど、途中で投げ出したり諦めたりしないから俺は信じてきたんだぞ。」
「悪いね、期待に添えなくて」
木本はへらへらと笑っていつもの軽い調子を保つ。そして木本は溜息をついて顔を背けた。
池田高校に進学して、やりたい事もないままの涼生に声をかけてくれたのは木本だった。
教室で一人何をするでもなく所在無げに座っていた涼生の前に突然彼は現れた。
（なあ、皆瀬って体動かすのは得意？）
出し抜けに聞いてきた男に黙って頷く。
そんな涼生を彼は質問攻めにしてきた。
いくつかの問いに適当に答えると木本は力強く笑ってこう言った。
（よし。皆瀬君、君は合格だ）
嫌がる涼生を半ば無理矢理口説き落とし、他のメンバーとともに活動し始めた涼生達だった。
・・・だがいつの頃からかだったか、木本の態度は急変した。
部活には顔を出してはいたが、今までのような覇気はなくすっかり意気消沈といった感じでどこか涼生達にもよそよそしく接するようになった。
相変わらず木本の表情は険しく背けたままの顔を戻すこともなくじっと涼生を避けていた。
しかし手に取ったコーヒーをグッと飲み干すと、盆の上に乗せそのまま立ち上がった。
ドアに手をかけようとする彼を慌てて引き止める。
「まてよ、本当に辞めちまうつもりか？」
彼の手がとまった。振り返ると苦い顔を精一杯笑いにかえようとしたが失敗した。
「もう、ほっとけって俺のことは・・・」
木本は吐きすてるように言った。手に持ったカップが微かに震えている。
「ほっとけないよ、仲間だもん。
お前が辞めたくても理由を聞くまでは帰らないからな」
「・・・・・」
沈黙が部屋を支配する。時計の針はもう八時を指していた。
あまり長居をすると木本の家に悪いが彼がうんと言うまではここを動くつもりはなかった。
そんな涼生を見て、木本も観念したのか改めてベッドに座りなおすと大きく息をついた。
「・・・もう限界なんだ」
静かに彼は話しだす。
「中学の時はさ、これでも結構速かったんだぜ。
周りの連中と比べても俺のほうが断然上だったし自信もあった」
見てみろよ、彼はそういって部屋の隅にあるトロフィー達を指して空しく笑った。
「凄いだろ？バタフライなら県内でも一番だったんだ。それに全国にも行った」
涼生は黙って彼の話に耳を傾ける。
それは聞けば聞くほど現在の彼の境遇とはかけ離れた、木本が一番輝いていた時なのかもしれない。
そして木本の声は一層低くなっていった。