『BLUE』-24
「確かにリレーならウチの高校にも勝てるチャンスがあるかも・・・」
「どういうこと?」
涼生が聞き返すと水原は立ち上がって更衣室に入っていった。
それを追い掛けるように少し大きな声を出した。
「どういうことだよ!」
シャワーの音がした。もう一度聞こうと思っている内やっと向こうから水原の声が流れてきた。
「木本くんがいるからよ。」
答えになってない。どうして木本一人がいるだけでウチが勝てると言うのだ?
やけにシャワーの音がうるさかったが彼女の声ははっきりと聞こえてきた。
「涼生は知らないと思うけど、木本くん。中学生の時全国大会に出てたのよ。バタフライで」
予想だにしていなかった言葉に涼生は絶句した。
木本とは高校からの付き合いだったから、当然昔の彼のことなんて知らない。聞いたこともなかった。
水泳にしたって素人目に見ても、木本は確かに遅くはなかったが別段ずば抜けて速いわけでもない。
第一、木本にはやる気がない。根性とか情熱と言った類のモノが決定的に欠けていた。
まだ若い高校生にしてすでに冷めているのだ。
そのためか、いくら過去の栄光を聞かされても今の彼からその姿を想像するのは難しかった。
「水原、木本の家の場所知ってるか?」
「え?一応分かるけど、もしかして行くの?」
「うん。説得してみるよ。」
シャワーの音がとまり水原の影だけがすりガラスにぼやけて見える。
「無駄だと思うけどね。それにアンタ、木本くんの携番知ってるでしょ?掛けてみなさいよ。」
ああそうか、とポケットの中の携帯に手を伸ばしたがこの前電話を掛けた際、彼にろくに話も聞かずに勝手に切られたことを思い出した。
涼生は再び扉の向こう側にいる彼女に声をかけた。
「ダメだ。やっぱり直接会って話したい」
「涼生・・・?」
彼女がドアから顔だけ出すのが見えた。きょとんとした表情で涼生を一瞥するとふうん、とにやにやした笑みを浮かべた。
「待ってて、今着替えたら地図描いてあげるから。
途中まではこの前と同じバスを使えばいいけど、ね。」
月のない夜だった。まだ暗くなって間もない時間だったがバス停にはもう誰もいなかった。
時刻表を確認するとその場に立ってバスがくるのを待つ。
しばらくすると道の向こうからパッと明かりが差し込み、辺りの暗やみの中に目的のバスが滑り込んできた。
涼生はそれに乗り込む。
以前水原に連れられて同じ場所から乗ったが、今夜の乗客は涼生一人だった。
適当な椅子に落ち着いて出発したバスに揺られる事、小一時間。
涼生は比較的ひっそりとした住宅街に降り立った。
水原の住んでいる地域よりは学校に近い距離だったが特に見覚えがあるわけでもない。
時刻は七時半、練習を早めに切り上げてきたとはいえ自宅に押し掛けるのはいささか気を使う時間帯だったがどうしても今日中に木本と話したかった。
鞄から取り出した地図を確認して彼の家に向かう。
ここからなら5分とかからないだろう。