『BLUE』-21
ドクン、ドクン・・・
「位置について・・・」
しばらくして二回目のコールが水原からかけられた。額のゴーグルを目にはめ、台のうえに手をつく。
「ヨーイ・・・」
ドクン、ドクン、ドク・・・
「ドンッ!!」
笛が鳴り二人同時に飛び出す。
そして涼生の最初の勝負が始まった。
小気味よい音を残して深間と涼生は全く同じタイミングで飛び込みを決めた。
着水は若干深間が速かったが、涼生はいい姿勢で5mラインまで越えることが出来、全身が水に浮かんでくる頃には彼に追い付いていた。
最高のスタートだった。
最初の難関をこえ、涼生は素早く体を捻り即座にスパートをかけた。
100mしかない短距離レースでは体力の配分を考える暇は全くないのだ。
それは相手も同じことだったが深間は落ち着いてスタートを迎えた分、多少遅れを取ってしまった。
25mを越えたところで次第に周囲がざわつき始めた。
「スゲー・・・深兄と互角だよ。兄ちゃんっていつもあんなに飛ばすの?」
姉の隣で見届けていたタケルが彼女の方を向いたが水原は首を振るだけだった。
「あれだけ速いペースで泳いでるのは私も初めて見るけど・・・」
涼生の力であの速さではフォームがばらつき後半スピードが落ちてしまう、と水原は懸念していたが口に出すことはしなかった。
50mのターンで先に反転したのは深間だった。
コンマ0.5秒ほどの遅れで涼生も折り返す。
それで彼との間が少し縮まった。どうやら蹴伸びの推進力は体の大きい自分のほうが有利らしい。白濁とする視界のなかでそんなことを感じた。
・・・だがそこからの展開は深間のレースだった。
後半も全く変わらないペースで泳ぎ続ける彼のストロークはさすがに完璧で、すでに高校最速としての実力は存分に証明されていた。
涼生も健闘したが序盤のペースが続かず結局最後は身体一個分は開いていた。
水からあがると思ったより全然疲れてないことに気付いた。最近の酷使した練習の成果が出たのだろう。しかし敗戦のショックは拭えなかった。
「53秒69・・・」
ベストタイムだった。
それでも勝てなかった。
涼生は素直に喜ぶことが出来ずにその場に立ち尽くした。
「はぁ、はぁ・・・クソッ!!」
深間が速すぎるのか、それとも自分が遅すぎるのか。どちらにしろ涼生にとっては満足のできる内容ではなかった。
今までにない悔しさが全身を駆け巡る。
気付くと息を整えた深間がこちらを向いて笑っていた。
「予想以上だったよ皆瀬君の泳ぎ。やっぱり奏子が言うだけあるね。」
彼の賛辞も今は素直に受け取れない。
結果が全てなら深間の完勝は明らかだ。
レース前、確かに彼女は勝ち負けはどうでもいいと励ましてくれたが、涼生からすれば水原の目の前で甘んじる訳にはいかなかった。溢れだした気持ちが深間への対抗心を生み出したのだ。