『BLUE』-20
ピーーッ!ピッ、ピッ!!
不意に鳴った笛の音が涼生の泳ぎをとめた。
顔を上げると深間はまだ飛び込み台のところに立ったままだった。
いやな予感が涼生の頭によぎる。何度も体験した予感だった。
水原ががっくりと肩を落とすと近付いてきて涼生にこう告げた。
「フライングよ、やり直し。」
「えっ?」
「バカァ!!スタートが速すぎるのよ、アンタは!」
「わ、悪い・・・ちょっと緊張しすぎて。」
「気楽にやれって言ったじゃない。気持ちがはやりすぎてフライングで失格なんて、本番でやったらアンタ笑い者よ。」
彼女は怒り心頭といった形相で涼生の言い訳など一刀に伏せた。
プールサイドの向こうには涼生の失態を何とも言えない表情で見ているタケルと、くすくすと忍び笑いを洩らしている子供たちが見えた。
気付くと先程までスタート台に立っていた深間は一人、台から降りて一心に柔軟を繰り返している。
その姿を見て涼生は改めて彼の凄さを知った。
・・・レースはもう始まっていたのだ。フライングで一瞬緩みかけた集中力を切らすまいと深間は誰とも介さず、ただ静かに再び鳴る笛の音を待っていた。
涼生は思わず息を呑む。
「分かる?光くんが今、どれだけこのレースに入り込んでるか」
水原が腰を折って小さく耳元に話し掛けてきた。
「うん」
「光くんはね、たとえ仮のレースでも手を抜かずにああやって集中力を保っているのよ。」
再び頷くと水原は涼生に目線を戻した。
「アンタにそれをやれとは言わないわ。やろうと思って出来るものでもないし。・・・だから涼生は涼生の方法で、準備をして臨んで。」
彼女はそう言って勢い良く立ち上がり、来た道を戻る。涼生はその背に向かって声をかけた。
「お前はどっちを応援してるんだ?」
「・・・・・・」
水原は黙ったままだった。涼生もそれ以上は追求できずにのどまで出掛かった言葉を飲み込んだ。
彼女はそれから肩をこわばらせたまま元の位置に戻っていった。
涼生も一度大きく伸びをして彼女の後を追うように開始ラインの所まで下がった。
ドクン、ドクン・・・
スタート台に上るとさっきより遥かに緊張の度合いが増していた。
ふっと隣の深間を確認すると彼はもう前しか見ていなかった。
――もし、彼が本当に水原のことを好きなのだとしたら
負けられなかった。
負けたくなかった。
そして今、涼生は自分が深間と同じ気持ちを抱き始めていることに気付いた。
この緊張がどこから来るものなのかも・・・
瞬間、全身ガチガチになった体から力が抜けていく。