『BLUE』-18
第3話
勝てるとは思ってない。
水原もそう思ってただろうし、何より実力の違いは明白だった。
もし涼生に勝ち目があるとしたら深間の油断だが、レース前の彼の言葉からは微塵の緩みさえ感じられなかった。
「奏子から頼まれた事だけど、皆瀬君と勝負できるなんてすごく楽しみだよ。」
深間は意気揚揚とした口調で念入りに体をほぐした。
「それに大会前に君の実力を知っておけるからね。・・・実はそれが理由で引き受けたんだよ、今日のレース。」
水原からどういう紹介をされていたのか知らないが、深間はどうも涼生を過大評価しすぎている。
もしかしたらそれも、彼に全力を出させる水原の作戦なのかもしれない。
「はは・・・あんまり期待しないでくれよ。
本気でやられたら敵わないからね。」
深間は口元をぎゅっと引きしめると、ゆっくりと涼生の方に近付いてきた。それからこちらの肩をポンと叩いて明るい声で言った。
「謙遜するなよ。
奏子が君のことを誉めてたよ。いつも一番遅くまで練習してるんだって。」
「水原が・・・?」
驚いた。だって彼女は滅多に人を誉めることはないし、特に涼生には厳しかった。にわかには信じがたい話だったが深間が嘘を言ってるとは思えなかった。
「実際スゴいよ、君は。
奏子が認めてるんだから間違いない。」
彼は涼生の肩に手を置いたまま、確信めいた口調で言った。
「分からないよ。深間くんならともかく、俺なんかちっとも実績のない選手なのに。」
涼生が首を傾げると彼の表情は今までとは明らかに蔭った。
「・・・そうだね。
僕が去年インターハイで優勝したときでさえ奏子はあんな顔はしてくれなかったよ。一番喜んでくれたのも彼女だったけど、期待した以上にアイツの心が動くことはなかった。」
そういった瞬間彼は寂しそうな顔をした。
「だから、少しだけ皆瀬くんが羨ましいんだ・・・」
呟くように告げると深間はそのまま更衣室から出ていった。
一人残ったロッカーを閉めると涼生はしばらく立ち尽くす。
胸の内からなにか熱いものが込み上げてきた。
やはりそうだった・・・。
深間は水原のことが好きなんだ・・・
とても水原の顔を見る気にはなれなかった。
深間の気持ちを知ったとき、訳の分からない罪悪感と同時に彼女が深間をどう思っているのか気になった。タケルの話からは二人が近所で小さい頃からの仲だとしかわからなかった。
もう少し詳しく聞いてみたかったが、踏み込めなかった。
プールサイドには子供たちの賑わいが涼生を待っていた。
最初は疑問だったがすぐに納得する。
深間のレースが生で見れるのだ。普段コーチしかしてないという彼の泳ぎが拝見できるチャンスはそうはないだろう。
そのためか、取り巻きはほとんど涼生を見ていない。いや、見えていない、と言ったほうが正しい。
呆然とつっ立っていると彼に気付いたタケルが声を掛けてきた。