開店-1
「おお!すごい客足!」ケンジが感嘆して言った。
「ほんとだねー。」マユミも目を丸くした。
ケネスの父親アルバート・シンプソンのチョコレート専門店『Simpson's Chocolate House』は、いつも賑やかな繁華街の中にあるビルの一階にオープンした。いくつもの花輪が立てられ、軒下には紅白金銀のリボンが揺れている。少し離れた位置からもその甘い香りが容赦なく鼻をくすぐった。
「ケニーも感心にちゃんと働いてるな。」
「え?どこどこ?」マユミが背伸びをして人混みの隙間から店の中を覗いた。
「ほら、レジんとこ。」
「ほんとだー。」
ケンジとマユミは人の波に押されながらようやく店内に入った。ケンジははぐれないようにマユミの手をぎゅっと握っている。
「わあ!もう夢みたい!この香り・・・・。」マユミがうっとりした表情で言った。
「おお!来てくれたんか、二人とも。待っとったで。」出し抜けに二人の背後から声がした。ケンジもマユミも振り向いた。
「やあ、ケニー。すごいじゃないか。この人だかり。」
「お陰さんでな。時間あるか?この後。」
「え?特に何も用事はないけど。」
「そやったら、そこのテーブルに掛けて待っててくれへんか。わい、もうちょっとしたら時間できるよってに。」
「い、いいのか?」
「今ちょうどテーブル一つ空いたところやねん。」
ケンジとマユミは促されるまま、窓際に置かれた三つのテーブルのうちの一つに向かい合って座った。
しばらくして小太りの中年女性が二人のテーブルにやって来た。「お二人がケンジくんとマユミさんやね?」
その女性はにこにこしながらテーブルにコーヒーのカップを二客置いた。「いっつもケニーがお世話になっとるんやてね?おおきにありがとう。」
「ケニーのお母さん、ですか?」ケンジが思わず立ち上がり、恐縮したように言った。
「始めまして。」マユミも立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうな、開店早々来てもろうて。それに、去年の夏はケニーが三日もご厄介になったんやろ?ホームステイで。えらい迷惑かけしもうて・・・。」
「とんでもない。ケニーのお陰で俺たち円満です。」
「へ?どういうこっちゃ?」
「い、いえ。あの、い、いろいろと気遣ってくれて、お、俺たちも、その・・・。」
横からマユミが言った。「その時ケニーとはあたしも仲良しになったから、こうして日本に来て下さって、すごく嬉しいです。それにあたし、チョコレート大好物なので・・・。」
「ほんまに?そらよかった。いっぱい利用してな。」
「すみません、お忙しい時にお邪魔しちゃって・・・。」
「かめへんて。しばらくしたらケニーが相手するよってに、もうちょっと待っててな。」
「ありがとうございます。」
ケネスの母親がそこを離れた。
「もう、ケン兄ったら、自分でフォローできなくなるようなこと、言わないの。」
「悪い・・・・。」
ケンジは座り直してテーブルに載っていた商品メニューを広げ、テーブルの真ん中に置いた。「いろいろあるもんだな、チョコレート・・・。」
「どれもおいしそう。」