開店-2
ケンジたちのカップが空になった頃、ケネスが二人のところにやってきた。
「すまんすまん。なかなか手え離せんかったわ。コーヒーのお代わりどうや?」
「どうする?マユ。」
「いただこうかな。」
「はい、喜んで。少々お待ちを。」ケネスは笑いながら一度キッチンに消え、大きなデキャンタを持ってやって来た。「このコーヒーにもほんのちょっとチョコレートの風味がついてんねんで。」
「へえ!」
コーヒーを注いでもらいながらマユミが言った。「ありがとう、ケニー。とってもおいしいよ。」
「そうか、そらよかった。」
もう一度キッチンに入って、ケネスは自分用のコーヒーと小振りの箱を持って戻ってきた。
「いいのか?まだお客さんいっぱいじゃないか。」
「ええねん。手伝いの三人の姉ちゃんたちが来てくれたからな。」
「そうか。」
「でも、ケニー、すごいね、こんなにたくさんの種類があるんだ。」マユミがメニューをめくりながら心底嬉しそうに言った。
「うちはな、単に仕入れたもんを売る店やないんやで。全商品親父とおかんの手が入っとる。」
「あの奥が、仕事場なんだろ?」ケンジが店の奥の大きなガラス板で仕切られたスペースに目をやった。
「『アトリエ』っちゅうんや。ショコラティエの作業場。」
「かっこいいね。」マユミが言った。
「親父はな、どんな商品でも、チョコレートに関係ないものは置かない主義なんや。」
「それでこそチョコレート・ハウス。」
「流行ればええねんけどな。」ケネスはコーヒーカップを口に持っていった。
「絶対大丈夫だと思うぞ。」
「あたしも。間違いなく女子高校生、中学生、主婦の御用達になるよ。」
「そやな。それはわいたちも期待しとる。」
「こうして喫茶スペースもあるし。ちゃんと跡継ぎもいるしな。」ケンジはウィンクをした。
「ねえねえ、ケニー、」
「なんや?マーユ。」
「これ、食べていい?」マユミがテーブルに置かれた箱を指さした。
「ああ、すんまへん!持って来といて、開けもせんで。」ケネスはその正方形の箱を開けた。一口大のいろんな種類のチョコレートが九つ並んでいた。
「うちの主力商品、『シンプソンのアソートチョコレート』や。」
「ストレートなネーミングだな・・・。」ケンジが言った。
「言うたやろ、うちのファミリー、センスあれへんって。」
「いいんじゃない?わかりやすいし、十分アピールできてるよ。」マユミが言った。
「ほんまに?」
「うん。主力商品なら、これぐらい単純明快な方がいいと思うけど。」
「おおきに、マーユ。」ケネスはにっこりと笑って、一つのチョコレートをつまんでマユミに手渡した。
「それはリッチでクリーミーなミルクチョコレートや。マーユのイメージにぴったりやと思うで。」
「いただきまーす。」マユミは手渡されたそのチョコレートを口に入れた。「んー!」マユミは目をぎゅっとつぶって両手を頬に当てた。「最高ーっ!」
「お気に召しましたか?マユミお嬢さま。」ケネスが言って笑った。
「どれどれ、俺も。」ケンジが箱に手を伸ばした。「これ、いただこうかな。」彼がつまんだのは四角い形のダークブラウンのチョコレートだった。
「それはうちで一番カカオ成分が多くて香りがリッチなビターチョコや。」
「へえ。」ケンジはそれを口に入れた。「おお!なるほどっ!」
「おいしい?ケン兄。」
「確かに苦い。でもただ苦いだけじゃなくて、本当に香りがすごい。カカオってこんなに強烈に香るんだ。」ケンジは感動したように言った。「でもやっぱり苦い・・・・。」ケンジは渋い顔をした。
「苦い思いをした後は、これやで。」ケネスは箱からベージュがかったブラウンのチョコレートを手に取り、ケンジに与えた。ケンジはそれを口に入れた。
「どや?かえって普通のんより甘く感じるやろ?ケンジ。」
「うん。甘い。やっぱり俺、チョコレートはこれぐらい甘甘の方がいいな。」
今度はケネスがウィンクをした。「苦い経験の後のマーユとの時間は、格別やったやろ?」
「そうだな。」ケンジは少し照れたように笑ってうつむいた後、すぐに顔を上げてマユミを見た。マユミもケンジを見つめ返していつもの愛らしい笑顔を作った。「ケン兄に抱かれて、甘く溶けちゃう。あたしもチョコレートと同じだね。」
ケネスは仰け反った。「ええなー、わいも女のコにこんな風に言われてみたいもんや。」
「マユ、恥ずかしいこと人前で言わないでくれよ。」ケンジは赤くなってマユミの額を小突いた。
「ま、キホンチョコレートは甘い方がええな。やっぱり。」ケネスは笑ってカップを持ち上げた。
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