改心-3
「っちゅうわけでな、あんまりおもろい展開やなかってんで。」
「そうなんだー。」
ケネスがケンジの部屋でマユミに昼間の様子を話して聞かせていた。
「マーユもその場にいたらそう思たと思うで。」
ドアが開いて、ケンジが三つのコーヒーカップとデキャンタの載ったトレイを持って入ってきた。「誰のことだよ、『マーユ』って。」
「マユミはんのことに決まってるやんか。」
「そうか、お前もやっと打ち解けて俺たちと話してくれるようになったか。」ケンジは嬉しそうに言った。
「その代わり、」ケネスはマユミに向き直った。「わいのことも『ケニー』って呼んでくれへん?」
「え?いいの?」
「もうええやろ。こうして図々しく部屋に何度もお邪魔してんのやから。」
「わかった。そうする。」マユミはにっこり笑った。そしてケンジの顔を見て言った。「ケン兄、今日はがんばってくれてありがとう。」
ケンジはカーペットの上にトレイを置いた。
「腕、痛くない?ごめんね、あたしがコーヒー淹れてくればよかったね。」
「大丈夫。もう痛みもほとんどないんだ。少しだけ違和感がある程度。マユもいつも通りに抱ける。」
「ケン兄のエッチ。」ケネスが言った。マユミがまた笑った。
「そやけどあの包帯もアヤカには効かなかったっちゅうのは、なかなか悔しい。」
「いいアイデアだと思ったんだけどな。」
「アヤカんちで撮ったボイスレコーダーのデータも用無しになってしもた。」
「ボイスレコーダー?何でそんなもの持ち歩いてんだよ、お前。」
「語学の練習用やんか。日本語うまくなりたいよってにな。」
「練習する必要あんのかよ。」
「で、そのボイスレコーダーのデータって?」マユミが訊いた。
「わいがアヤカに犯されてる時のアヤカの声が録音されてるんやで。」
「犯されてる?」マユミは赤くなった。
「あれはエッチとは言われへん。わいはアヤカのおもちゃやった。」
「おもちゃねえ・・・・。」ケンジがコーヒーをすすりながら言った。
「聞いてみるか?二人とも。臨場感たっぷりやで。」
「え、遠慮する。」マユミが言った。「俺も。」ケンジも即答した。
「そうか、そら残念や。」
「何が残念なんだか・・・。」
「このデータ、アヤカが知らばっくれた時の切り札やったんやけど・・。おお、そうやった。忘れとった。」ケネスはバッグからアソート・チョコレートの箱を取り出した。「親父の特製アソートや。」
「ケニーのパパがショコラティエだったなんて、すごいよ。」
「普通のチョコなんだろうな?これ。」ケンジがいぶかしげに訊ねた。
「催眠剤入りや。マーユを眠らせて、ふっふっふ・・・・・。」
「じゃあお前が先に食え。ほら、口開けろよ。」
「そうやってわいを眠らせて、どないする気ぃや?ケン兄のエッチ。」
「あほかっ!」
「冗談やって。ここまできてわいがそんなこと企むわけがあれへんやろ。」
「で、店はいつオープンなんだ?ケニー。」
「四月に入ったらすぐや。三丁目のど真ん中やで。」
「へえ!じゃあここから近いな。」
「そやな。オープンの日、遊びに来たって。待っとるさかい。」
「行く行く!」マユミが叫んだ。「楽しみだね、ケン兄。」
「そうだな。」
マユミがデキャンタからコーヒーをケネスのカップにつぎ足した。「おおきに。」ケネスはそのカップを手にとって言った。「しかし、アヤカが泣き出して、ケンジがヤツの肩に手置いた時には、やばっ!て思ったで。」
「どうして?」ケンジがチョコを口に運びながら聞いた。
「そのままキスでもすんのか、思たやんか。」
「しなかったんだ。」マユミが言った。
「しないよ。」
「しなかったんやな、これが。ほんま、ケンジは紳士やと思うたわ。さすがやな。」
「同情が人のためになったためしがあるか?俺のためにもならないしな。」
「そらそうやわな。へたするとアヤカの病気が再燃するかも知れへんからな。」
「でもさ、」マユミだった。「ケン兄のついた苦し紛れの作り話が、結果的にアヤカを改心させたわけでしょ?それってすごくない?」
「そうなんや。しかしまたとんでもない作り話を考えついたもんや、て思わへん?わいとマーユが深い仲で、愛し合っているところを、見てしまってーの、その光景が頭から離れなくてーの、強烈に記憶に残ってーの。何やの、それ。」ケネスはあきれ顔で言った。
「半分事実だろ。」
「どこが事実やねん。」
「俺とマユの夢の中でお前マユとエッチしたじゃないか。」
「そのケニーは無理矢理やったんやろ?」
「でも、あの光景が頭から離れないのは事実だぜ。」
「早よ忘れてーな。」ケネスは頭を掻いた。
「さて、そろそろ寝るとするかな。」ケンジは立ち上がった。
「そうやな。ほたらわいはここで一人で寝るよってに、ケンジとマーユは出てって。」
「またそんな・・・・。」ケンジがあきれて言った。
「そのつもりやったんやろ?」
「ま、まあな。」
ケンジとケネスは笑った。マユミは少し恥じらったようにケンジの左腕に寄り添った。
「ああ、ケン兄、ケン兄・・・・。」
「マユ、マユっ!」
隣から壁越しにかすかに漏れてくる二人の声とベッドの軋む音を聴きながら、ケネスはぽつりと呟いた。「ああは言ったもんの、これではしばらく眠られへんな・・・・。」