改心-2
「俺、たぶんシスコンなんだ。」
「シスコン?」
「そう。妹のことが可愛くて、愛しくてたまらない。」
「へえ、そうなんだ。」アヤカは腕を組み、にやにやしながら聞き返した。「それで?」
「だから、あいつがケニーと幸せになって欲しいと思ってる。」
「(へ?)」ケネスの頭上にクエスチョンマークが飛び出した。
「妹は俺の親友ケニーと付き合ってる。もちろんすでに深い仲だ。だからあいつを幸せにできるケニーが日本に定住することになって、俺は心から喜んでるんだ。」
「でもどうしてエッチの時にマユミの名前をつぶやくわけ?」
「ケニーとあいつが愛し合っているところを、俺は見てしまったんだ。そのことが、その光景が頭から離れない。強烈に記憶に残ってる。」
「ふうん。」
「その時は俺も自然と身体が熱くなって、もう少しで漏らすところだった。でも相手がケニーでなければ飛びかかって引き離していただろう。その時のことを思い出したのさ。」
「なんだ。あんまりおもしろくない。」アヤカは期待外れの顔をしてため息をついた。
「もういいだろ。」ケンジは再びその部屋を出て行こうとした。「待って。」アヤカが呼び止めた。ケンジはドアのところで立ち止まった。すぐそばの壁にケネスがアヤカからは見えないように張りついている。
「私、そのケニーともエッチしたんだ。知ってるよね。」アヤカの声が低くなった。
ケンジは黙っていた。
「私、きっと病気なんだ。」
「病気?」
「心の病気。誰にも相手にされない寂しさやむなしさが、悔しさや怒りになって攻撃をしたくなる。」
「いや、お前何人ものオトコに言い寄られてるじゃないか。」
「みんな私のカラダ目当てだってこと、わかるもん。そんなのいや。」
「だからって、」
「そう、だからって、あなたやケニーを無理矢理捕まえてエッチしたって、心の病気が治るわけじゃない。それはわかってる。」
「アヤカ・・・。」
「海棠くん・・・・。」アヤカはひどく落ち込んだようにうつむいたまま言った。「私、どうしようもない女だよね。」
「・・・・。」
「こんなことしてもあなたが私を好きになってくれるわけないのに・・・・。」
「・・・・・・・。」
「私、海棠くんが朝から腕に包帯しているのを見て、ああ、私のせいで怪我がひどくなったんだろうな、って思った。でも、だから何なの?って思ってた。」アヤカは少し笑った。「悪魔みたいだね、私。でも、海棠くんが妹のマユミのことそれほどまでに想っているのに、ケニーと幸せになることを願って、マユミの本当の幸せを祈ってることを知ったら、自分のやったコトが急に恥ずかしくなっちゃって・・・・。」
「アヤカ・・・・。」
「もう、何言ってるかわからないよね・・・・。」
「人の心は自分の思い通りにはならないよ。なかなか。」
「信じてもらえないかもしれないけど、私、海棠くんのことが、ずっと純粋に好きだったんだよ。海棠くんに抱かれたら、どんなに幸せだろう、ってずっと思ってたんだよ。」アヤカは涙声になっていった。「海棠くんのことを想いながら、一人で濡らして、一人で慰めてた。毎晩のように。」
ケンジは黙っていた。
「でも、あなたは私が何を言っても、何をしてもこっちを見てはくれなかった。」
「残酷なこと言うようだけど、俺、お前を好きにはなれない。」
「当然だよね。」アヤカは涙を右手で乱暴に拭って言った。「あんなヒドイことしたんだもんね。当然だよ・・・・。」そしてまたうつむいた。「私のやったことは犯罪だよ・・・・。」
「悪いけど、お前の気持ちはよくわからない。でも、少なくとも憎んではいない。」
「え?」アヤカは顔を上げた。
「他の女子に対する気持ちと、あんまり変わらない。」
「海棠くん・・・・。」
「俺には、幸運なことに今、思い切り好きな人がいるんだ。だから他の女子を好きになれるわけがない。それだけだ。」
「私、私・・・・・。」アヤカの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
ケンジは自分のケータイをバッグから取り出すと、開けてみた。着信履歴を見た後、素早くキーを押してすぐにディスプレイを閉じた。
「海棠くんの好きな人にメールしたの?」
「した。後で電話するってね。」
「昨日のことをその人に話す?」
「俺は忘れたい。お前も覚えてて欲しくないだろ。たとえ昨夜のことを彼女に話したところで、状況はあまり変わらないよ、たぶん。」
アヤカは手で涙を拭った。「海棠くんの好きな人って・・・誰?私の知ってる人?」
ケンジは少し躊躇した後、小さく言った。「ああ。」
二人の間にしばらくの沈黙があった。
「・・・幸せだね、その人。こんなに優しい人に愛されて・・・・。」
「アヤカ・・・・。」
「それが誰かなんて、私訊かないよ。大丈夫。聞いてしまったら、また何しでかすかわかんないからね。」アヤカは目に涙をためて、ぎこちない笑顔を作った。
「お互いに忘れてしまおう。な、アヤカ。」
「私、あなたに抱いてもらって、幸せだった。」アヤカの目に、また涙が溜まり始めた。
「俺、抱いてないし。」ケンジは少し赤くなった。
「ううん。私にとっては抱かれたのと同じ。」アヤカは本気で泣き出した。「本当は優しく抱いて欲しかったけど、ああでもしないと私とあなたは繋がれないって思った。」しゃくり上げながらアヤカは続けた。「ごめんね、ごめんね、ごめんね・・・・ケンジくん。」
ケンジはアヤカに向き直ると、右手を肩にのせた。アヤカは涙目でじっとケンジを見つめた。二人はしばらく見つめ合っていた。ドアの陰からケネスがその様子を固唾を呑んで見守っている。
「アヤカのことをわかってくれるヤツがきっと現れるよ。」ケンジは手を離した。
「ありがとう、海棠くん・・・・。」