報復-3
ケネスは海棠家の玄関のチャイムを押した。程なくケンジの母親がドアを開けた。
「おばんです。」
「ケニーくん!お久しぶり。上がってちょうだい。」
「お母はんもお変わりなく。相変わらずべっぴんさんでんな。お邪魔します。」
ケネスは母親に促され、靴を脱いで二階に向かった。そしてケンジの部屋のドアをノックした。
「ケンジ、わいや。」
中からすぐに声がした。「入れよ、ケニー。」
ドアを開けてケネスは中に入った。ケンジは上半身裸で左腕に大きなシップ薬を貼っているところだった。両腕と胸を横切る太いベルトのアザが痛々しかった。
「ひどいもんやな・・・。」
「なに、数日もすれば消えるよ。心配ない。」
「うまくいったで、ケンジ。アヤカんとこの写真も映像も全部もろてきたったで。元のデータは全部消去したった。」
「そうか、世話になったな、ケニー・・。」ケンジが神妙な顔で言った。
「あいつめっちゃやな性格やねんな。去年の夏、お前んとこの部活中は、よう気がつくええ子や、思てたんやけど、とんでもない裏の顔持ってたんやな。」
「俺、悔しくて、情けなくて、叫び出したいぐらいだ。」ケンジは拳を震わせた。
「無理もないわ。」
「でも、一番はマユへの申し訳なさ・・・・。」
「ケンジ・・・・。」
「マユ以外の女を抱いてしまうなんて・・・・・。自分が許せない!」
「ケンジ、お前の気持ちはわかるけどな、あれは抱いたんとちゃう、アヤカの一人エッチの道具になっただけや。マユミはんかて解ってくれるはずや。」
「で、でも、あいつの中に、俺、いっぱい出しちまった・・・。」
「単なる『反射』やないか、射精なんて。刺激されれば反射が起こる。それだけのことや。お前にアヤカへの愛情があの時ちょっとでもあったか?」
「あるわけがない!あるのは怒りだけだ。」
「そやろ?それで十分やんか。それにその身体についたアザ。出るとこ出たらな、アヤカの撮った写真証拠にお前が監禁、拘束された被害者やってこと証明したるわ。これは立派な犯罪やで。」
「い、いいよケニー。」ケンジは赤面した。「あ、あんな場面の写真、人に見せられるもんか。」
「その気持ちもわかる。」ケネスは笑った。「ほな、あの後の話、したるわ。わいがアヤカんちに行ってからのこと。」
「聞かせてくれ。」ケンジはTシャツを着ながら促した。
「っちゅうわけや。」
「ううむ・・・・。」ケンジは腕を組んでその話をずっと聞いていたが、ケネスが話し終わると顔を上げてその親友の目を見つめた。「お前には、どれだけ感謝してもしきれないぐらいだ。本当にありがとう。」
「かめへんて。それにわい、アヤカに舐められたり中に射精したりして気持ちようなったから、それほどいやな役割とも言えんもんがあるからな。」
「しかし、お前都合良く睡眠薬入りのチョコなんか持ってたもんだな。」
「親父が開発した安眠チョコや。」
「親父?そう言えばお前の父ちゃんって、何者なんだ?」
「言うてなかった?わいの親父ショコラティエやねん。」
「何だと?!初耳だ。」
「日本で修行して、カナダでデビューして、資金も十分稼いだ言うて、今回日本に店開くことにしたんや。四月オープン予定なんやで。」ケネスは自分のバッグを開けて中をあさり始めた。「まだまだあるで、」そうしてカーペットの上に小さなチョコレートの箱を並べ始めた。「これはミント入りの『爽快チョコ』、こっちはカカオ成分多めのリッチな風味の『リッチチョコ』、これは唐辛子エキス入りの『目覚ましチョコ』・・・。」
ケンジはそれを見聞きしながらつぶやいた。「ケニー、そのチョコのネーミング、何とかならんか?今ひとつの感じがするんだが・・・。」
「わいの親父、センスないねん。おかんはそれに輪かけてセンスないねん。そしてその息子のわいにも到底期待できへん。」
「じゃあ、どうするんだよ。」
「困っとる。」
その時、階下で玄関の開く音が聞こえた。そしてどたどたと階段を昇ってくる足音。ノックもせずにケンジの部屋のドアが勢いよく開けられた。「ケン兄!」
「マ、マユっ!」ケンジは驚いて立ち上がった。マユミはケンジに駆け寄り、両腕を広げて兄の身体を抱きしめた。「ケン兄!ケン兄!会いたかった!」
「いて、いててて・・・・。」
マユミはとっさに腕を離し、思い切り心配そうな顔で言った。「ど、どうしたの?」
「マユミはん、わいがここにいること、気づいとるか?」ケネスがぼそっと言った。
「あれっ?!ケニーくん!」
ずるっ!「今頃かいな・・・・。」