拘束-3
外はもう暗くなっていた。天井の灯りが白く、冷たく彼の拘束された身体を照らし続けていた。ケンジは絶望していた。何よりマユミに対する不義の気持ちが一番大きかった。悔しくて、悲しくて、ケンジは声を殺して泣いた。左腕がしびれきって、もはや感覚をなくしていた。
ケンジのケータイが突然鳴りだした。もちろん出ることができない。数十秒後に着メロは鳴り止んだ。
「マユからかもしれないな・・・・・。」
それから間もなく、ケンジの耳にかすかな足音が聞こえてきた。そしてそれは次第にこちらに近づいてきた。ケンジは、もちろんこの状況から早く解放されたかったが、今の恥ずかしい姿を誰かに見られるのも本意ではなかった。しかしそんな心配をよそに足音はジムのドアの前で止まり、ドアが静かに開けられた。
「誰かいてますかー。」
その声!
「ケニー!」ケンジは大声を出した。それは昨夏ケンジの家にホームステイしてカナダに帰国したはずの親友ケネス・シンプソンだった。
ケネスは室内の状況を一目見て、蹴飛ばされたように走り込み、ケンジの拘束されているベッドに駆け寄った。「ケンジ!」
ケネスはケンジの拘束ベルトを外しながら早口でまくし立てた。「ど、どないしたんや、いったい、何があった!」
拘束を解かれたケンジは、ベッドに座り直した。口の周りと腹はぬるぬるになっていた。穿いていた水着は切り取られ、ペニスも陰毛もぐっしょりと濡れていた。
「ど、どうしてお前がここに?ケニー。」
「わい、日本に住むことになってん。親父が突然日本に移住する、言うて昨日来たばかりや。」
「そうか。」
「そんなことより、この状況はなんやねん。」
「アヤカだ。アヤカにやられた。」
「な、何やて?あのマネージャーのアヤカか?」
ケンジはケネスにさっきまでのおぞましい出来事を話して聞かせた。
「ケンジ、とにかく服を着るんや。ほんでな、すぐにマユミはんに電話し。」
「え?なんでマユに?」戸惑うケンジにケネスは強い口調で言った。「マユミはんはお前からのメールを読んで、絶対に不安になってるはずや。早よ電話し。」
「で、でも、なんて説明すれば・・・・。」
「詳しゅう話す必要はあれへん。さっきのメールは自分が送ったんやない、事情は会って話すから、とにかく安心するんや、言うて。」
その時、ケンジのケータイの着メロが再び鳴り始めた。ケンジは慌ててケータイを手に取ると、ディスプレイを開けた。「マ、マユからだ!」
「早う、出てやり!」
マユミはもう一度ケンジに電話をしてみた。今はとにかくケンジの肉声がリアルタイムで聞きたかった。
電話が繋がった。マユミが口を開く前にケンジが電話の向こうで叫んだ。『マユっ!』
「ケ、ケン兄!」マユミの目に涙が滲んだ。
『マユ、聞いてくれ、さっきのメールは俺が打ったんじゃない。』
「え?」
『と、とにかく、会ったら全部話すから、安心してくれ。』
「ケ、ケン兄、いったい、」
『電話では話しにくい。俺を信じて。』
「う、うん。わかった。信じる。」
『マユ、俺のマユ。大好きだ。』
「うん。わかってる。」
電話が切られた。マユミは静かに目を閉じ、ほっとため息をついて最愛の兄の名をつぶやいた。「ケン兄・・・。」
「ケンジ、わい、アヤカを今から誘惑する。」ケネスが決心したように言った。
「な、何?!」
「ほんで落とし前つけたる。」
「ど、どうして誘惑することが落とし前つけることに繋がるんだよ。」
「ええから、わいに任せとき。お前はすぐに家に帰るんや。ご両親を心配させんようにな。」
「ケニー・・・。」
「早い方がええ。ほな、行ってくる。今夜はケンジんちに泊まってもええか?」
「もちろんだ。」