15-2
「もう一杯呑むか」
そう言って、発泡酒を二本持ち、リビングに戻ってきた。
「相手が認めたら、離婚するの?」
そう、現実を見なければいけない。泣く事なんていつだって出来る。
「そのつもり。慰謝料ふんだくってね。今日図書館で色々調べた」
発泡酒をぐっと呑み、真吾を見て笑った。
「凄い行動力だな。じゃぁ相手に認めさせるか、相手が何かを言うのを待つか、だな」
そうだね、と言ってラグの毛足をいじった。相手の女性を妊娠させているのだ。隠し通す事なんて無理な話だろう。この数日で動きがあるはず、そう考える。
「話変えていいか? 恵に相談がある」
「何?」
真吾は発泡酒を呑み、一度顔を顰めた後、切り出した。
「バレンタインに、後輩の女の子に告白されたんだ」
「へ?!」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、口を押えた。
「嫁と死別してる事も知ってて、それでも付き合って欲しいって」
私は視線が定まらなかった。まだ誰の物にもなってほしくなかった。真吾はまだ、私を諦めないでいて欲しかった。
だけどそれは口にしてはいけない事であって、大人としての対応が求められる。
「う、ん、知ってて告白してくるんじゃ、相当腹を括ってるって事でしょ? いいんじゃない?」
首を傾げて真吾を見ると、彼の顔は曇っていた。
「その子の事、どう思ってるの?」
「いや、別にどうも思ってない、いい子だと思ってたけど。告白されたらやっぱりちょっとは意識しちゃうでしょうが」
その割には曇った顔が気になる。
「なら付き合っちゃえばいいんじゃない?」
「そんなもんかな」
「別に結婚するわけじゃないんだからさ」
さらにその顔を曇らせ、俯いてしまった。
「そんなもんかな、恵の意見って」
「へ?」
「何でもない。そろそろ布団敷くか」
前回と同じように、二組の布団が敷かれた。前回と同じように横並びで歯磨きをした。
真吾の左側の布団に入ると、ふかふかの白い布団は、以前よりも少し香水の匂いが薄れていた。時間の経過をうかがわせる。
付き合っちゃえばいい、そんな風に言ったけれど、真吾が離れていくのが怖かった。
「ねぇ、私の一生のお願いの、二回あるうちの一回を使わせてもらってもいい?」
電気を消した暗い部屋の中で私は天井に向かってそう言った。
「良かった。俺はもう残り一回だから、使わずに済みそうだな」
私が布団から右手を出すと、彼は左手を伸ばして握った。暖かさが、身体に伝わる。穏やかな眠気が私を誘う。
今日は真吾より私の方が、先に眠りについてしまう、そう思った。
スマートフォンのアラーム音で目が覚めた。
真吾もその音で目を瞬かせたが、「いいから、寝てて」と言うと、再び眠りへと入って行った。
私は昨日来ていた服に着替え、歯磨きだけを済ませた。化粧なんて別にいい。
部屋を出ようとして気づいた。鍵、閉められないや。
再び和室に戻り「真吾」と声を掛けると「んー」と大きく伸びをして上半身を起こした。
「起こしてごめん、鍵、閉めてくれるかなぁ?」
「あぁ、別に開けっ放しでも良かったのに」
首の後ろをぼりぼりと掻きながら玄関まで歩き、眠そうな顔で「応援してんからね」と言ってくれた。
昨日よりは幾分ハリを取り戻した顔で「ありがとう。よく眠れたし、頑張れそう」と言い、「じゃぁ」とドアを閉めた。鍵が掛かる音がした。