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時は動き出した
【大人 恋愛小説】

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12-1

 ショッピングモールのカフェでサンドウィッチを食べていると、窓から真吾が顔をだし、手を振った。前回会った時から少し時間が空いた真吾の髪は、少し伸びていた。
「ちょっと間が開いたなぁ。相変わらず、どんよりしてんなぁ。心配ないなんてうそばっか」
 私を元気づけようとしているのだろう、酷く明るい調子で私の肩を小突いた。私は苦笑した。
「何か色々あり過ぎて、訳分かんなくなってきちゃったよ」
 私が髪をくしゃっとすると、真吾は「旦那さん?」と言うので無言で頷いた。
 私は向かいの席に置いた鞄を自分の隣に移すと、彼は「失礼」と言って向かいに座った。
「株にハマり始めて、家にいるとずっとパソコンにかじりついてるし、休日出勤って嘘ついて出かけて夜中まで帰ってこないし、もうセックスもしなくなったし」
 一息で話、はぁ、とため息が零れた。
「休日出勤は嘘なの?」
 私の顔を覗きこむ様にして真吾が疑問を投げつけた。
「電話してるのを聞いちゃったんだ。休日出勤ってことにするからって。夜まで大丈夫とか」
 真吾は少し顔を顰めて「それって女じゃないの?」と言った。分かっているんだ。何となく分かっていたけど、認めたくなかったんだ。
「だよね......」
 私は肩を落とし、紅茶に口を付けた。薄い口紅が少しカップについたのを、ペーパーナフキンで拭き取った。
「なぁ恵、彼のどこに惹かれて結婚した?」
 話ががらりと変わり、きょとんとした私を見て、真吾はニヤっと笑った。相変らず表情をころころと変える。
「そうだなぁ、隠し事をしない所とか、いつも私の事を心配してくれる所とか、何でも私の事を優先してくれようとする所とか、まぁ要は優しいって事なんだろうけど」
 言った傍から何だか恥ずかしくて赤面してしまった。真吾はカラカラと笑った。
「それで、今の彼にはそれがあるの?」
「ない」
 今度はアハハと声に出して真吾は笑い「早いな」と言った。だって、ないんだから仕方がない。
 私は自分の言った事を脳内で反芻した。隠し事をしない、私を心配してくれる、私を優先してくれる、優しい。
 目の前にいる、真吾そのものだった。
 私は、真吾の代わりを探していたのかも知れない。
「そんな彼とこの先、夫婦続けてかなきゃなんないのか、酷だな」
 彼は手元に視線を落とし、言った。彼の頼んだサンドウィッチが運ばれてきた。
 一口食べ、彼は咀嚼しながら「あのさ」と声を出した。
「恵って浮気された事ある?」
 私は真吾と別れた後、大学に入って昭二と付き合い始めた。そして結婚に至った。もし今回の昭二の不審な行動が浮気だとしたら、今回が初めてだ。
「今まではない。今回がもしそうなら、初めてだよ」
 ふんふん、と声に出しながらサンドウィッチにかみつく。いつだったか「物を口に入れながら喋らないの」と注意した事があったけど、この癖は直っていないらしい。
「俺ね、嫁が浮気してたって言ったでしょ」
 彼女が事故に遭った日、浮気が原因で喧嘩になったと、真吾は言っていた。私はコクリと頷いた。
「浮気されるとね、夫婦なんて続けられないと思った。一度裏切られるともう、信用は取り戻せないんだよ。俺はあの短い時間でそう判断した」
「へ?」
「彼女が生きていたとしても、俺は離婚してた」
 私はただ茫然と、真吾を見ていた。真吾は自分の口から発した言葉の威力なんてお構いなしに、サンドウィッチに齧りついている。
「だって赤ちゃんが......」
「赤ちゃんがいて夫婦があるんじゃない。夫婦があって赤ちゃんがいる。俺は赤ん坊も嫁も、手放す覚悟を瞬時に決めたよ」
 頑なな語り口が、昔のままだった。頑として譲らない、頑固さとはまた違う、自分の考えを通そうとする頑なさ。
「恵の旦那さんが浮気をしていない事を願うけど、万が一の事は考えておいた方が良いと、経験者は語る」
 彼は真顔でそう言ったが、私は下を向いて笑った。確かにそうだ。万が一の事を考えておこう。経験者の言う通り。
「サンドウィッチ食わないの?」
 私は完全に手が止まっている事に気づいて「食べるよ、取らないでよ」と伸びてきた真吾の手をパシっと叩いた。
「そうそう、その顔でね。俺はそれを見に、ここに寄った」
 恥ずかしげも無くそういう事をいうのも、昔のままで、こういう時に私が赤面する事も勿論、昔のままだ。
「今日は仕事だったの?」
「いや、今日は休み。あ、そうだ」
 彼は鞄の中から名刺入れを取り出し、白い一枚の紙を私に手渡した。
「裏に、休みの日が書いてあるから。ご参考までに」
 私でも聞いた事がある不動産屋の名前と、真吾の名前が書いてあった。
「凄いね、本当に頑張ってるんだね」
「嘘言ってどうする」
 むくれた顔で笑って見せた。
「幼馴染が頑張ってる姿を見ると、私も頑張って仕事しなきゃと思うよ」
 ね、と言って彼の笑顔を待つと、逆に彼は眉尻を下げて困ったような顔になった。
「幼馴染、でしかないんだよな、俺達って」
 諦められない、という言葉。私もそうだと言った。だけどお互いにそれを受け入れる事は、少なくとも今は、できない。
「幼馴染でもいいよ。真吾の幼馴染は私しかいないし、私の幼馴染は真吾しかいない。世界でたった一人の幼馴染だよ」
 そう言うと彼の顔色がパッと明るくなった。まるで子供のそれの様に。
「良い事言うなぁ。世界に一人か、恵にとってたった一人か!」
 どんどん大きくなる声に、周囲の注目が集まりだしたので「しーっ!口、縫い付けるよ!」と声を遮った。


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