5-2
「茄子とトマトのペンネと、アールグレイのホットください」
会計を済ませ、番号札とトレイを持って空席を探す。
無意識に、真吾の姿を探すが、そこには知らない顔ばかりが並んでいた。あれから暫く時間が経った。今度こそ、もう会う事はないかも知れない。私の姿を見つけても、彼は近づいてこないかもしれない。
スマートフォンを取り出してディスプレイを見ると、誰からのメールも着信も無かった。
私の初めての反逆に対し、昭二は何も感じていないのだろう。
「どうせいつか戻ってくるだろう」そんな風に軽く考えているのかも知れない。
今日だけでも、ビジネスホテルに泊まって帰るか......そんな事を思わないでもなかった。駅前にはいくつものビジネスホテルが並んでいる。明日は日曜だ。ゆっくりできる。昭二にとっても己を振り返る切っ掛けになるかもしれない。
番号札と引き換えに店員がペンネを運んできた。湯気に乗ってガーリックとトマトの香りが漂う。
スマートフォンで小説を読みながら、然程空腹を感じていない胃の中に、ペンネを落として行く。ふと視線を周囲にやると、元々空席が少なかったカフェ内が殆ど満席になっている事に気づいた。丁度、夕飯時になったのだ。早めにお店に入って良かった。そう思いながら再び小説を読み始めた。
「ここ座るぞ」
二人掛けのテーブルの対面にある椅子を引いた声の主が誰かは、声を聞いた瞬間に分かった。瞬時に顔を上げると、真吾が子供みたいに笑っていた。
私はペンネを喉に詰まらせそうになり、盛大にむせて顔が真っ赤になってしまった。
以前のメールのやり取りが頭を掠め、冷静でいられなくなったのは私だけで、真吾はいつも通りの真吾だった。
「そこから顔が見えたから、寄っちゃった」
そう言って店内にある窓を指差した。私は咳き込んで赤くなった顔を鎮めるために、水をがぶがぶ飲んだ。
「土曜なのに、どうしたの? 旦那さんは?」
「ん、ちょっとね」
「喧嘩?」
「うん」
何でも見透かされている様で怖くもあり、嬉しい気持ちもあり、モヤモヤする。
「この前居酒屋でさ、ちょっとお金を多く貰いすぎちゃったから、どうかしら? この後お茶でも付き合ってくださいません?」
その誘い方が可笑しくって、私はペンネを噛みながら笑みをこぼし、幾度か頷いた。