3-2
すっかり空になったパスタの皿が載ったトレーを持って「あの、そろそろ行くわ」と急いでもいないのに急いでいるふりをして席を立とうとした。
「あ、ちょっと待って」
呼び止める彼は、鞄からスマートフォンを取り出した。
「連絡先、訊いてもいい?」
意外な頼みごとに戸惑い、自分のスマートフォンの在処が分からなくなって焦った。
「ちょ、待って、あった」
鞄の奥底からスマートフォンを取り出し、メールアドレスを教えた。
「そしたら後でメールするから」
「うん、それじゃ」
そう言い残していそいそと店から出た。
店を出てからも、彼のあの笑顔が頭に焼き付き離れなかった。
あの頃のまま、何も変わっていない。奥さんを亡くし、失意のどん底を味わったはずの彼が、あの頃と同じ笑顔で私を迎えてくれている。
それは嬉しい事ではあったが、無理をさせているのではないかと不安でもあった。
帰宅をし、誰もいない家の中の電気を一つ一つつけていく。玄関、廊下、ダイニング、リビング。結婚する前からだ、慣れている。
スマートフォンがメール着信を告げる音を鳴らした。真吾からだった。
『偶然ってあるんだなぁ。会えて凄く嬉しかったです。色々と悩みを抱えてそうだな。顔に出てるよ、うん。バツイチの俺で良ければ話し相手ぐらいならなれるから。何かあったらメールする事。んじゃね』
その文面が、あまりに心に近すぎて、温度が高すぎて、私は正気でいられなくなり、力の抜けた膝がフローリングへと吸い込まれるようにその場でへたり込んで、涙を流してしまった。
あの雪の日、彼とのピリオド。他に道はなかったんだろうか。こうして出会ってしまっては、そんなどうしようもない事を考えてしまう。