第一章 卑劣な罠-1
この日、美優は晩御飯の買出しに近くの商店街へと足を運んでいた。
「今夜は何にしようかしら……」
照りつける日差しに、うっすらと汗を浮かべる額。
汗を掻いても涼しそうに見えてしまうのは、目鼻立ちの整った顔にシャープな眉、それに大きめの唇が優越に満ち溢れているからなのだろうか。
美優は、夏に合わせバッサリと切ったブラウン系のショートヘアーをときおりかきあげながら、ゆっくりとした足取りで店を見てまわった。
昨年、結婚を機にこの町へと移り住んできてから丸一年。
食材の買出しは、もっぱらこの商店街に軒を連ねる老舗の個人店で行っている。
「あっ、奥さ〜ん! 今日は新鮮なアジが入ってるよ! 今夜はアジ刺しなんかしてさ、旦那を喜ばせてやったらどうだい?」
すっかり顔見知りとなった店主らは、美優の姿を見るとそれぞれに声をかけてくるようになっていた。
声を掛けられるたびに店へ寄り、軽く雑談を交わす美人新妻。
美優は、この人情的な商店街が大好きだった。
「あいかわず美人だね〜、奥さん」
「また〜、そんなお世辞言っても駄目ですよ」
一際目立つその美貌に、商店街の間でも美優の存在はすぐに話題となり、女性達からは羨望の的にさえなっている。
男店主らの中には、本気でくどいてくる者もいるくらいだった。
しかし、美優にしてみればそれもご愛嬌だと思っている。
実はそれが、単なるご愛嬌ではなかったことも知らずに……。
愛する夫に何を作ろうかと、悩みながら商店街を歩く美優。
「奥さん、奥さん! ちょっと寄っていきなよ!」
声をかけてきたのは、いつも下品な誘いをかけてくるカメラ屋の店主だった。
(あらら、また大村さんだわ……ほんとに懲りない人ね)
毎回声をかけては他愛もない話をし、そのうちさり気なく誘ってくる。
簡単に言えば軽い軟派男なのだが、人柄がいいので邪険に扱うことはなかった。
それどころか、この50半ばの冴えない独身男性に、美優は慈悲の念すら抱くようになっていた。
店内に入って挨拶をすると、大村はやはり他愛もない話をしてきた。
隣の店主が愛人を作ってるだの、ペットには熱帯魚がいいなどと、美優にとっては興味のない話題ばかりだ。
それでも毎回じっくりと話を聞いてやるのは、こういう人と人との触れ合いが堪らなく好きだからだった。
七三に分けた髪に黒ぶちのメガネ、それが痩せた中年男をいっそう貧弱に見せている。これでは女にモテないだろうと思いながらも、この男の笑顔だけは一級品で素敵だと感じていた。
しばらく大村の話に付き合っていた美優だが、そろそろ買い出しに戻ろうと思って不意に話を折った。