第一章 卑劣な罠-23
「大村さん……こ、これは一体、どういうことなんでしょうか?」
ワナワナと唇を震わせ、怒りに満ちた眼を大村に向ける。
「んっ? 約束の写真とネガだが? いらないのかね?」
「約束のって、一枚しかないじゃないですか! 全部渡してください!」
手にした封筒をギュウッと握り締めながら、美優は怒りをあらわに叫んだ。
「誰も全部渡すとは言ってないでしょう? 私は、奥さんが身体を提供するたびに一枚ずつ渡す、そのつもりで取引したんですがね」
ズレた黒ぶちメガネを正しながら、大村は平然と言ってのけた。
「だ、騙したんですね……卑怯者」
「卑怯者とは聞き捨てならないなぁ。いいでしょう、そこまで言うのだったら私にも考えがある。とにかく約束は果たしたんだ。後の写真は私のほうで処理させてもらいますよ」
「そ、そんなこと! 許されません!」
「はっはっは、許すも許さないも私が決めることだ。さあさあ、店を開けるから帰ってくれませんか」
まるで何事もなかったかのようにいつもの笑顔を浮かべ、サッと起き上がって服を着だす大村。
美優は、あまりにも卑劣な行為にボロボロと涙をこぼした。
いまだ下腹部に感じている大村の邪悪な粘着液。
美優は、その下腹部にギュッと拳を押し付けながら口を開いた。
「私は……私はどうすればいいんですか」
「どうすればって、さっきも言ったでしょう? 身体を提供するごとに一枚ずつ渡していきますよ」
「ひ、ひどい……そんなの、酷すぎます!」
「とにかく今日はもう帰ったほうがいい。あんまり遅くなると、あなたにとっても都合が悪いでしょう? この裏に従業員専用の入口ドアがあるから、そちらから出なさい。そこからだったら裏道を通って本通りに出るから、馴染みの人たちとも顔を合わせないですむ。ああ、それと、残りの写真をどうするかは今夜じっくりと考えなさい。私のほうは、明日奥さんがここへ来るかどうかで決めさせてもらいます。もし来るのだったら、裏ドアから入ってきてくださいな」
一方的に言葉を連ね、大村が半ば追い出すようにして美優を店の外に出す。
背を押され、そしてドアの閉まる音を後ろで聞きながら、美優はたったいま起きた出来事を頭の中で思い返していた。
不倫など、やってもいない事でどうしてこんな屈辱を受けるはめになってしまったのだろう……。
写真にしても、あきらかに大村の悪質な行動によって撮られたものだ。
それなのに、夫やマスコミに知られたらマズイということだけで警察にも相談できない。
友達の迂闊な行動がすべて悪いのか―――いや、自分の軽率な行動がすべて悪いのだ。
政治家を夫に持つ身として、もっと慎重に行動すべきだった。
おぼつかない足取りで裏道を歩きながら、美優の胸奥は計り知れぬ怒りと屈辱で満ち溢れていた。
同時に、自分を激しく叱咤しつづけた。