夢拾参夜-5
第玖夜
こんな夢を見た。
ぼくは、必死で地面を掘っていた。まず、土木作業用の大きなスコップで土を掘り起こす。次に、園芸用の小さなスコップで土を抉っていく。自分の流れ落ちる汗が目に入っては、沁みて痛かった。しかし、そんなことには構っていられない。そう、夜の中にあれを掘り出してしまわなければ。
そのうち、ヘルメットに装備されている電灯が消える。
「……電池切れか」
手探りで、リュックの中から予備の懐中電灯を出す。既に、四時間弱が経過していた。ぼくは、細身の懐中電灯を口に銜えた。微妙に土の味と、ザラッとした感覚が口の中を支配する。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
もう、どれくらい掘ったのだろうか。口も段々と弛緩し、懐中電灯を銜えていられなくなってきた。顎が軋む。体も重い。手に幾つ肉刺が出来、幾つ潰れたことだろう。ぼくには数える気力も無い。鉄製の小さなスコップは、問答無用でぼくの体力を奪っていく。
―――カツ。
何かに当たった感覚。ぼくはスコップを捨て、夢中で土をかき出す。興奮しているせいか、土が爪に入ろうが潰れた肉刺に入ろうが気にならない。そのうち、薄汚れた白い布が覗く。ぼくは、がつがつと貪る様に土をかき分けた。もうすぐ、もうすぐなんだ。早く、早く掘り出さなければ。白い布が現れたことによって、ぼくの興奮は更に増す。かなりの勢いで掘り返したか、すぐにそれを掘り出すことが出来た。淡く光っているような白い肌は、土塗れだったが相変わらず綺麗だった。
あの日と何も変わらない、セルロイドの様な彼女。「お帰り、ぼくの大事な女(ひと)」
ぼくは人形の彼女を抱きしめた。彼女の肢体が崩れることも厭わず。
目が覚めた。
第拾夜
こんな夢を見た。
ぼくはずっと、眠れない日々が続いていた。要は、不眠症の軽いものだ。友人には睡眠薬を勧められたが、ぼくは薬に頼るのがどうしても嫌だった。眠気も増せば、自然と眠ることも出来るだろう。そう思い続け、今日で十日目。布団には入るが、一睡も出来ない。最近、少しノイローゼ気味だ。それもその筈、一昨日辺りから幻覚の様な物を見るようになったからだ。独り喚き、おかげでアパートの隣人には変人扱いだ。ぼくだって、意味も解らず喚くのではない。理由はある。一昨日は、蛞蝓がぼくの体中を這い回るのだ。何匹か、ぼくの口の中に入った。蛞蝓を食べると声が良くなるとか何とか言うが、ぼくは見るのも嫌だ。ぼくは、自分の頭がおかしくなる程に叫んだ。
「止めろ……、止めろおおおぉぉおおおおおおぉぉぉおおおおお!」
気分が悪くなり、食べ物を全て戻した。冬にも係わらず、頭から冷水を浴びた。コンビニでは一キロの塩を買い、頭から被った。考えてもみて欲しい、軟体動物が自分の体を這う様子を。勿論、一匹や二匹などではない。桁が違う。百匹、千匹の位だ。ぬめぬめと線を残し、這い進む何千匹もの蛞蝓を。顔を這い、口内に入る様子を。もう少しでぼくは、自分の体に火を放つところだった。これを見て何とも思わない奴は、変態か病気だ。
昨日は、蛇がぼくの体中を這い回るのだ。毒牙がぼくの骨の辺りまで貫通する感覚もした。蛇を見ると食指が動くとか、酒には欠かせないとか言う人の気がしれない。ぼくは、自分の鼓膜が破れるかもしれないという程に喚いた。
「うわああああぁぁぁぁああああああぁぁあああああぁあああ!」
空の胃や口の中は熱くなり、胃液で何もかもが爛れているのが解った。実際に体験したわけではなく、これは幻覚だ。脳内では確り把握しているのに、何故こんなに影響され翻弄されているのだろう。ここにはいない、ぼく以外に誰もいない。確かに解っている。ぼくは、果物ナイフを蛇に突き立てた。そこに蛇は存在しないので、果物ナイフはぼくの腕に深々と刺さった。当然、どくどくと血が溢れ出す。
―――もう、いっそのこと狂いたい。
さて、今日は何を見るだろう。
目が覚めた。