夢拾参夜-3
第肆夜
こんな夢を見た。
目の前の両親の顔は、苦しみに歪んでいた。
「どうして……、こんなことを……するの……?」
父親は既に、事切れていた。母親は腹部を押さえ、悲しそうにぼくを見た。血塗れのキッチンに、加害者のぼくと死に掛けの母親と死んだ父親と。二人と一体。
――さようなら。
ぼくは、母親に止めを刺した。抵抗さえしない母親を屠るのは、赤子の手を捻るより簡単だった。
―――ダンッ!
頚動脈に上手く刺せた。刺した、というより切り落とした。手には、ギトギトの包丁が光っている。とても、とてもいい気分だった。妙な興奮さえ感じている。ゴロ、とぼくの足元に首が転がる。ガラス戸には、ぼくの顔が映った。紅く染まったブレザーは、ワイシャツにも染みていたようだ。ぼくは、皮が破れそうに成る程手を洗った。前にある鏡を見ると、顔にも血が飛んでいた。
気が付くと、ぼくは高校にいた。友人の背後に回り、力の限りに首を絞める。暫くぼくの手を引っ掻く様な抵抗もあったが、少しすると友人は動かなくなった。続いて、ぼくは鉄パイプで手当たり次第に人を撲殺する。自分の恩師であろうと、何だろうと気にしない。
―――はぁっ、はぁっ、はぁっ……。
自分の呼吸だけが耳に残る。その瞬間、後ろから蹴られてぼくは膝を付く。衝撃で、握っていた鉄パイプも手離してしまった。そのまま組み伏せられ、仰向けに転がされる。そして、馬乗りにされる。
「弱者になった気分はどうだよ、あぁ?」
また、ぼくだった。しかし、ぼくではない。ぼくは、このぼくだ。
「何とか言えよ、ったく……」
「………」
ぼくはぼくの首に手を掛け、力を込めた。
「仕方ねぇから、俺が終わらせてやるよ」
ぼくは、甘んじてぼくを受け入れた。
―――始まりは、終わりの始まり。
―――終わりは、始まりの終わり。
目が覚めた。
第伍夜
こんな夢を見た。
ぼくはペットショップで、鳥籠に入れられた鸚鵡を見ていた。
「そこから、抜け出せないのか?」
ぼくは鳥籠に触れた。冷たい金属の質感が皮膚に伝わる。鳥籠は、キィと音を立てて少しだけ揺れた。
「オマエモナ」
鸚鵡と目が合った瞬間、確かにそう言った。鸚鵡って、言った事と同じ事を言うものではないのか?
「そこから、抜け出せないのか?」
急に鉄格子が現れる。鉄格子の間からは、大きな目が覗いていた。
―――ぼくはきっと、永遠の囚人だ。
ハッと気が付くと、ぼくは鳥籠と鸚鵡と共に近所の公園にいた。いつの間に、買っていたのだろう。ぼくは溜め息を吐いて、鳥籠の扉を開け、籠を高く掲げてやる。金属の擦れ合う音は、耳障りだ。
「ほら、行けよ」
鸚鵡はすぐに飛び立ち、見えなくなった。ぼくは、これから何処にも行けないのに。ぼくの周りは皆、薄情な奴ばかりだ。
目が覚めた。
第陸夜
こんな夢を見た。
飛べない鳥、とはよく言ったものだ。彼女には羽根が無かった。一昔前の人間の姿など、誰にも解からないものだ。他の人間を見れば、皆ちゃんと羽根が生えている。勿論、ぼくにも生えていた。少々、鬱陶しい感覚はしたが。白い羽根、黒い羽根、灰色の羽根、赤い羽根。実に様々、しかし。
―――彼女だけ、違っていた。
―――彼女のみ、違っていた。
誰も彼女を見なかった。彼女の背中には、羽根がもげた様な痕が薄く残っていた。彼女はいつも飛ばずに、歩いていた。彼女は普段から、囁く様に唱える様に呟く様に謡っていた。
だって、誰しも異端は嫌うもの。
だって、誰しも異端は嫌うもの。
だって、誰しも異端は嫌うもの。
やがて羽根の生えている人間は、羽根の生えていない人間に追われ狩られ蔑まれ、姿を消した。猟銃は朝晩昼夜問わず、鳴り響き続けていた。目の前は血に染まり、弄ばれる仲間は後を絶たなかった。彼女は、それでも尚構わず謡い続けていた。今までより、ずっと楽しそうに嬉しそうに幸せそうに。
だって、誰しも異端は嫌うもの。
だって、誰しも異端は嫌うもの。
だって、誰しも異端は嫌うもの。
ここに残ったのは、私だけ。
―――ここに残ったのは、彼女だけ。
―――ここに残ったのは、彼女のみ。
異端とは、何なのでしょう。誰か、哀れなぼくにお教え下さい。
目が覚めた。