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夢拾参夜
【二次創作 その他小説】

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夢拾参夜-2

第弐夜

 こんな夢を見た。
ぼくは、橋の上にいた。下を見ると、静かに川が流れている。時折、魚が跳ねるのが、水の動きで解る。川には、満月が映っていた。ふと、横を見ると着物姿の女性が立っている。色白のか細い、綺麗な人だった。ずっと黙り込んで、流れる川を見続けている。
「あの、すみません」
「何です?」
顔だけをこちらに向け、鈴を転がしたような声で答える。
「女性の一人歩きは危ないのでは?」
「そうね」
長い沈黙が流れる。女性は川から目を離そうとしなかった。
「良かったら、送りましょうか?」
「あなた」
今度は鈴の音ではなかった。地の底から響くような、恨みの声。
「私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに、私を捨てたくせに」
彼女は何か、勘違いをしている。
「あなたは何故、私を捨てたの?」
「ぼくはあなたを知らない、何かの間違えだ」
「間違えていない、あなたは私と契ったはず。誓ったはず、未来永劫離れないと。なのに、あなたは他の女と私を笑っていた。私はどうすればいいの? もう、こんな恥を晒しては生きていけないわ」
彼女の声はいつの間にか、鈴に戻っていた。

―――不意に鮮明な記憶が繋がった。

 確かにそうだ、ぼくは彼女を捨てた。彼女は平民の娘、ぼくが籍を入れたのは武士の娘だった。どちらが家の為になるか、考えるまでも無い。相手の言うまま、両親の言うままぼくは婿に入った。仕方のないことだ、傾いた武士の家はこうするしかない。
「死ぬわ」
「簡単に死ぬと言うな!」
ぼくは怒鳴ったが、彼女の決意は固かった。彼女はゆっくり頭を振る。長く艶やかな髪が、その動きにつられる。
「捨てた女に未練がおありになって?」
「………」
捨てた女が死ぬ、か。
「死ぬことなんて簡単、生きているなんて馬鹿馬鹿しいもの。それに、死ねば今よりずっと楽になる。生きて、あなたの顔を見る度に私は狂いそうになった。まるで、茨の海を泳ぐ様。辻斬りに殺されても、本望だわ。でも、死ぬなら茨の海が良いの。死ぬ前の一度きりの頼みよ、お願い。私をあの山まで連れて行って」
 ぼくは彼女を背負い、懸命に霧のかかる山を登った。しばらくすると、彼女の言った通りの茨の絡み合った景色が広がる。碧の海だ。
「下ろして、もういいわ。後は一人で出来るから」
「あ、あぁ……」
彼女は飛んだ。真っ白な着物は、死装束を連想させた。彼女はきっと、死ぬ為にぼくに会ったような気がした。白い着物は紅く染まり、彼女は動かなくなった。段々と霧が濃くなっていく。ぼくは振り返らず、歩き出した。目蓋を閉じれば、紅と白のコントラストが広がる。

―――綺麗だった。

 一度は止めたくせに。薄情な自分が、少し哀れに感じた。ぼくも、彼女と共に死んだほうが良かったのだろうか。ぼくは、喉から漏れる笑いを殺した。
 目が覚めた。



第参夜

 こんな夢を見た。
暑い、真夏日だった。実際、真夏だが。辺りには人が幾らか見える。ぼくと違い、皆スーツで平然と歩いている。ぼくは何もしていないのに、体中から汗が噴き出していた。髪も、服も汗でべったりと張り付く。コンクリート・ストリートはぼくの汗を受け、幾つか染みを作った。しかし、すぐに蒸発して元の色に戻ってしまう。
「……暑い」
 太陽が近くにある錯覚さえする。街で一番高いビルの屋上で、ぼくは両手で銃を構える。太陽に近付いた分だけ、また暑い。ぼくをギラギラと照らし続けるとは、いい度胸だ。そして、歯を喰い縛って無言で撃つ。
―――ドンッ!

 外した。桁外れの方向に飛んでいくが、気にしない。
「夏は嫌いだ」
再び狙いを定める。段々と、銃も熱を持ち始める。じりじりと目の中まで焼けそうだ。はぁ、と溜めた息を吐く。通常の息より、ずっと熱い。撃った振動で、手も痺れる。しかし、何より撃つ音が耳についた。苛々する、何もかも壊したい衝動。
「何度言わせたら気が済む?」
 叫んだ。暑さも、何もかも払拭するように。
「だから……、ぼくは夏が嫌いだ!」

―――ドンッ!
―――ドンッ!
―――ドンッ!
―――ドンッ!
―――ドンッ!

 その日、同じニュースが延々と流れた。
「本日午後三時過ぎ、太陽が撃ち落されました。太陽からは五発の弾丸が確認され、現在犯人を追っています。犯人は解り次第、速報でお伝えします」
美人のレポーターは、近くにいた人にインタビューを続けている。

―――夏、最高……。

 ぼくは月に手を伸ばした。もう、辺りは暗い。隣の部屋からはジャズが聞こえる。ぼくは静かに目を閉じた。
 目が覚めた。


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