勝利の女神は側にいる-5
『和哉はなぁ、お前に期待してるんだよ。だからこそ、お前の軽率な発言が怒りに火を点けたんだ。まぁ、お前をブン殴ったってのはやり過ぎだとは思うけど、和哉には怒り以上の哀しさがあったはずだ…』
明人さんの言葉が心に響く。気が付いたら涙が出ていた。社長の気持ちに応えられなかった。その悔しさ、情けなさで一杯だった。
『とにかく、お前自身が納得するまで和哉と話してみな。その方がスッキリするんじゃないか?』
明人さんなりの助言。僕自身、社長には誠心誠意の謝罪がしたい。でも、裏切ってしまった僕の話を聞いてくれるのだろうか…
『しかし…』
考えている最中、明人さんが野菜スティックをかじりながら話し始めた。
『お前って、ホントに鈍感だよなぁ。和哉の事ならまだしも、一番近くにいる女のコの気持ちも分からないんだからなぁ。』
『はぁっ!?』
心当たりがなかった。僕には親密な女友達はもちろん、彼女だっていない。明人さんの言ってる意味が分からなかった。
僕が不思議そうな顔をしていると、強い口調で言った。
『お前、まだ分かんねぇのかっ!?例のパチンコ屋のコ。その事だよ。』
『祐子…ちゃん?』
確かに僕は、彼女の事が気になってはいた。しかし、彼女の方も僕の事を…
驚きを隠しきれないまま、聞き入った。
『実はなぁ、お前とそのコがホールに入ってくとこ、見かけたんだよ。だから今晩、一発で見つけられたんだ。で、お前の事を彼女から聞いたんだ。』
『えっっ!?な、何を聞いたんですか…?』
『心配するなよ。変な質問はしてないから。でも、お前が元気なくてヘロヘロなのを、しきりに気にしてたぞ。』
『……』
『で、俺が彼女に色々と頼んだんだよ。コーヒー、タダ飲みしたろ?』
『あれって、明人さんがっ!?』
『いや、あれは彼女の好意。俺はただ、側にいてやってくれないか、って言っただけだ。もちろん、快くOKしてくれたぜ。』
散々、迷惑をかけたのにそこまでしてくれてたなんて…
明人さんに対して、感謝の気持ち。それが心の底から溢れてきた。
『でも、何かお節介好きのオバさんみたいだな。迷惑だったか?』
『そんな事ないですっ!非常に感謝してますっ!!』
テーブルに額が擦り付くくらい、深々と頭を下げた僕。胸が一杯になって、また涙が出てきた。
『お前、涙腺弱いなぁ。まるで、徳光さんレベルだな。』
涙をぬぐいながら笑ってしまった。確かに今日は泣きまくってる。悔し涙、情けない涙、そして嬉し涙…
『でも、彼女は勝利の女神にはなれなかったなぁ。結局、いくら負けた?』
『えっ…確か、二万ほど…』
『ありゃりゃ…それで全然かっ!?』
『でも、昼間には一万ちょっとは勝ってるんで。』
『でも、それでブン殴られてちゃワリに合わねぇなぁ。』
実はまだ、口の中が痛む。と言うか、明人さんと話し始めてから痛み出してきた。それまでは、痛みを感じる余裕なんかなかった。
『まっ、とにかく…後の事は明日だな。とりあえずはお前が今日出した分、水分補給とイクかっ!
美樹ちゃん、ビールふたつ!』
『明人さん、もうイイんですか?』
『OKで〜す。』
『はいっ!ただ今、お持ちしますっ!』
明るい返事がカウンターから聞こえた。すぐに運ばれてきたビール。空のジョッキと交換して、一気に飲んだ。
『とりあえず明日、休んでイイぞ。』
明人さんの言葉に、少し驚いた。
『えっ!?だって僕は…』
『バ〜カ。そう簡単にクビ切るかよっ!!和哉と話し合って、それでもダメなら辞めればイイ。だが、それが済むまでは、ウチの社員だ。』
複雑な心境。今までずっと、絶望の淵にいた僕。しかしまだ、やり直しが利く。
安堵したのと同時に、社長の事を思い浮べたら、心苦しくなった。
『それに、今日オゴった分を回収しなきゃならねぇからな。簡単には逃がさねぇよっ!!』
僕の気持ちを察したのか、笑いながらそんな事を言ってくれた明人さん。
《この人を裏切っちゃいけない…》
僕の中で、少しずつだかそんな感情が湧き出てきた。
『和哉にはウマく伝えとくよ。「史彦に、少し頭を冷やしてから出て来いって言った。」って、感じでイイな?
だから明日、お前はホールの姉ちゃんの方に行けよ。』
『そっ、そんな事して仕事の方は…』
『史彦、これは業務命令だ。先に女神様をとっ捕まえてこい。そしたら、和哉とのバトルにも勝てるかもよ。』
自分の行動に対してのケジメ。本来ならそれを優先すべきなのに…
明人さんに助けられ、自分の力量不足を露呈したのと同時に、周りの人々に迷惑をかけている事実を実感した。