勝利の女神は側にいる-2
『はいっ!もしもしぃ…』
『史彦…』
社長だった…
血の気が引き、うろたえまくる僕。
『あっ、あ、あのっ、あのですねぇ…』
『一体どこで油売ってんだっ!店の人間が待ってんだぞっっ!!』
隣の席のお客にまで聞こえるくらいの怒鳴り声。
『すっ、すいませんっっ!』
『謝るヒマがあるならさっさと店に向かえっっ!!』
『はっ、は、はいっっ!』
…ブツッ!
…ツーッ、ツーッ、ツーッ…
意気消沈。確かに、仕事をサボってスロットなんかしてた僕が悪い。それにしても、間が悪すぎる。オマケに、追い打ちをかけるかの如くラ○ウに負けたケン○ロウ。
『終わった…』
肩を落としながらも、しっかりと換金してホールを出た。
『勝っても楽しくないなぁ…』
炎天下の中、情けない顔で店に向かった僕。勝利を味わいながらも、心の中は敗北者だった…
−『お前は一体、何を考えてるんだっ!!』
会議室に怒号が響く。事務所に戻った途端、速攻で社長に呼ばれた。この人の怒った姿など、今まで見た事がない。逆にそれが、僕の恐怖心を増幅させていた。
『申し訳ありません…つい、暑かったから…』
『暑いのはこの世でお前一人だけかっ!?お前が暑きゃなぁ、他のヤツだって暑いんだっ!!』
確かに…
そう言われてしまったら、返す言葉もない。
『本当に反省してます。減給でもクビでも受け入れますから…』
自分なりの考え。本当に悪いと思ったからこそ、出た言葉だった。しかし、それを聞いた社長の顔色が変わった。
…ボコッ!!
…ガシャガシャッ!
いきなり飛んできた右の拳。まともに喰らった僕は、思いっ切りフッ飛んで机に激突。パイプ椅子までも弾き飛ばした。
『テメェっ!!そんな事を言うなら望み通りにしてやるっ!クビだっ!!今すぐこの場所から出てけっ!!!!』
強烈な一撃と予想外の返答。茫然と立ち尽くす僕。そして、その脇を通り過ぎて行った社長。
…バタンッ!!
激しい音を立て、扉が閉まった。唇の脇から流れ落ちる血。社長の一撃で奥歯が折れ、口の中を切った。
痛かった。しかし、それ以上にツラかった。
『うっ…ううっ…』
情けなくて涙が出てきた。自分の反省が足りなかったのか。失礼な発言をしたのか。それとも、たまたま社長の機嫌が悪かったのか…
でも、そんな事はもう関係ない。僕は今日限りでクビなんだから…
力なく扉に近づく。
…ギーッ
案の定、壊れていた。静まり返った事務所。空っぽだった。ある意味ホッとした。こんな姿、誰にも見られたくない。
《僕はもう…》
涙をぬぐい、急いで出口に向かった。
…ガチャッ!
いきなり扉が開いた。専務〈明人さん〉だった。
『あれっ?何してんだ、史彦?』
専務の問い掛けを無視し、走って事務所を飛び出した。
また涙が出てきた。ツラかった、恥ずかしかった、情けなかった。しかし、それ以上に自分に腹が立った…
《僕が…僕がっ!!!!》
頭の中はもう、グチャグチャになってた。今はとにかく、遠くに逃げたい。それだけだった。そして僕は、そのまま走り続けた…
気が付いたら、ある所にいた。
『確かココは…』
会社から歩いて30分程のとこにある、緑化公園だった。
夕方近くで涼しくなったからだろう。ベビーカーを押したお母さんや、学校が終わって遊んでる小学生が見受けられた。
『はぁ〜…』
デカいため息。うなだれながらベンチに座った。
『バカだよなぁ…僕って…』
涙は止まっていた。しかし、自分に対しての腹立たしさが消えたワケではない。
『はぁ〜…』
また、デカいため息。うなだれた僕。
『コラっ!サラリーマンがこんなとこで、何サボってるんだっ!?』
聞き覚えのある声。とっさに顔を上げる。目の前には、僕が通っているホールの店員のコ〈祐子ちゃん〉が立っていた。
『ありゃ〜、情けない顔してるねぇ。フミ君。』
彼女はホールで一番人気の店員さん。実際、通ってるオジさん連中の間では、アイドル的な存在。ヘタに声なんかかけたら、ホールから追い出されてしまう。実際、そんな事があった。