The end of the DragonRaja, Chapter 2[The start in new life]-31
「アラン」
ネリアの心安らぐ声が、今は一層アランの胸に響いた。
未だ1人で身動きは取れないが、魔法のおかげでだいぶ回復した彼女は、
連れられて来たレクトにそっと背もたれのある長椅子に座らされている。
何かあったら近くの者を呼べ、そう言ってレクトは姿を消した。
久しぶりにあたたかい日差しを身に浴びたネリアは、彼の背に活き活きとした顔を見せた。
ただ、すぐに苦笑いへと変わる。
「…王様から聞いた。
今までずっと、黙ってて、…ごめんね。」
アランは彼女が現れても背を向けたままだった。
彼は目を瞑っている、開けば涙が溢れ出そうだった。
一方彼女はその後何を話せばいいのかわからなかった。
言葉が続かない。
南中しかける太陽が、とても眩しく照り付けている。
この空間をそれはあたたかく、優しく包み込んでいる。
それを喜々とする小鳥達が嬉しそうに囀る。
穏やかな風が庭園の花々を揺らし、波だっている美しい風景。
悲しいことも、辛いことも、目を背けたくなるような様々な想いを、風は拭ってくれた。
「姉さん」
ん…、ネリアはそれだけ彼の背に返す。
「今まで、本当にありがとう。
俺を育ててくれて、感謝してる。」
彼女は堪らず涙を流した。
彼のことを理解できず、それに苦しんで泣いたこともあった。
血の繋がっていない姉弟ということで、苦心しなかったと言えば嘘になる。
だからこそどんな言葉よりも、それだけが彼女にとっては一番嬉しいものであり、
望んでいた言葉だった。
ネリアは何も言わなかった。
ただ涙を流すだけだった。
それでも流れる涙がネリアの気持ちをアランに教えてくれた。
自分自身を見つけるためだけに過去へ行くのではない。
それはやはりデュオが言った、アランが守ろうとするこの世界のために行くということだった。
レクト、ネリア、今まで支えてくれた人が今こうして生きている。
それだけでアランは躊躇わずに決断できた。
世界を救う英雄という壮大なものではなく、彼等だけの英雄にさえなれればいい。
自分にしかそれができないのであれば、拒む理由は何もない。
共に時間を過ごした人、そこにはたとえ血が繋がっていなくても絆がある。
それを胸に秘めその人たちの未来を守る。
この世界に戻ってこれなくても、小さな幸せをたくさん得た。
裕福な暮らしでなくとも、苦労が絶えなくとも、そこにはほかの何よりも輝かしい笑みがあった。
それをアランは守りたかった。
そしてあの3人との思い出も―――
ネリアと別れ庭園を後にしたアランは、
ヴァルキリーがいるであろうストリームブリンガーの集会部屋へ向け、城内の廊下を歩いていた。
幾度となくこの長い廊下を歩いた。
ストリームブリンガー副団長就任以来の様々な思い出が湧き上がってくる。
集会部屋の扉を開けると、いつもの空気がアランへ向けて流れ込んできた。
見慣れた顔ぶれの中にヴァルキリーの姿があった。
団長、少しいいですか? そう言って彼を部屋から連れ出す。
長い廊下を2人並んで歩き出した。
「父から仔細聞いた。」
「そうですか。」
アランは微笑んだ。
それを横目で確認するヴァルキリーは少し間を置いた。
「…行くのか? 過去とやらに。」
アランは名残惜しそうに、廊下の窓から等間隔に日が差し込めている光景を見ていた。
その表情をヴァルキリーは見ただけで、アランの返答を聞かなくとも理解できた。
「…はい」
「そうか…、わかった。本日を以ってストリームブリンガー副団長を解任する。」
その言葉を聞いて、アランはつい苦笑いしてしまった。
自分が言い出そうと思っていたことを彼が言ってしまったから。
「アラン。こちらのことは気にするな。
お前が思っている以上に皆強く頼もしい存在だ。
それにな、お前がいなくなるのであれば、
ストリームブリンガーを軍律重んじる集団に纏めるのに都合がいい。」
ヴァルキリーは笑顔で言った。
これにはアランも笑みをこぼす。
ただヴァルキリーは静かに歩を止めた。
振り返るアランが見たものは、彼の真剣な眼差しだった。
「それが嫌なら…必ず帰って来い。」
確証は出来ない。
それでも、はい、とだけ答えた。
「アラン、皆には別れの言葉を言うつもりはないんだろ?」
「はい…、どう話せばいいかわかりませんし…。」
お前らしいな、最後まで、ヴァルキリーは微笑みながら窓の奥へ語りかけた。
ストリームブリンガー発足以来様々なことがあった。
得たものも、失ったものも。
それらを通して、二人の間に以前のような上司と部下という壁は崩れ去っていた。