The end of the DragonRaja, Chapter 1[Life and death]-32
彼女は自分の後退と休む間を放棄する代わりに、怒濤のごとくナイフを投げ続ける。
(邪魔だな)
レクサスはナイフの大波が迫るのを見やり、仕方なくまずは彼女の排除を優先させる。
アランは目標を失った事で、落ち着きを取り戻し、
シーフであるノヴァと交戦する事は手負いの自分では諦めるしかなかった。
彼はレクサスの戦いをじっと見守っていた。
レクサスは多少のかすり傷を負うが気にすることなく、炎の矢を弓につがいながら
ノヴァの攻撃をできるだけかわしつつ向かっていく。
彼はある程度彼女との距離を縮めたところで矢を射て、
ほぼ直線に放たれた炎の矢がノヴァの右腕を貫き、彼女の後ろの大木に突き刺さった。
攻撃することに専心していたノヴァはうめきをあげ、
矢の重い衝撃でいとも容易く右後方に反転してしまった体は、強制的に攻撃を止めさせられる。
受身を取ることのできない体は地面に叩きつけられ、引きずられて雪が大きく舞う。
レクサスは静かに彼女のやや左後背に正確に的を絞りつつ、弓の弦を引いていた。
(リザルト……。)
レクサスの攻撃を受けたことによって、ノヴァの脳髄は死を予期させていたが、
彼女の生に執着する脊髄はこの現実に即座に反応した。
体はうつ伏せになると左腕で地を強く押し、
体と地の間にできた空間に右膝を素早く入れ、大地を抉るように蹴った。
ノヴァはその場から逃げ出すことに全力をあげた。
抉られた大地の僅か左で、積雪が四散している。
レクサスの矢の威力を吸収した雪が、吹雪を呑み込んだ。
ノヴァの俊敏さが紙一重の差でレクサスの冷徹な狂気に勝った。
レクサスは3射目を用意しつつ彼女を追うが、すぐさま足を止める。
そこまでで追うのを止めざるを得なかった。
これ以上追えば、敵軍の真っ只中を単身乗り込むことになり、ただでは済まないから。
レクサスはアルフォンスの弓を見つめ、彼の最後の言葉を思い出し、
それは『あの時』のことを彼に思い出させた。
自我を取り戻したレクサスは、アランを残し単身で攻めていたことに気がつき、
彼の下へ走り出す。
一方レクサスの攻撃が止んだことで、眉間にしわを寄せ苦痛の表情を表していたノヴァだが、
口元だけは静かに笑みを浮かべていた。
己もリザルトも死ぬ事なく、強敵を前にして撤退できた事に達成感を隠す事はできなかった。
紅い旋律が聞こえなくなった事に空は呼応し、風を止める。
旋律の余韻が柔らかな雪となって、戦場の生と死を包み込んでいく。
「ピノ……。」
アイサがノヴァとの戦闘を離脱し、弟の下へ戻って来た時には、既に周囲での戦闘はなく、
あたりは敵味方問わず、多くの死者が語る静けさのみがあった。
ピノの体を包み込む外套には雪がうっすらと積もっており、
彼を中心に紅く染まった雪が大きく広がっていた。
彼女は弟の体を抱き起こし、まったく血の気のない彼の顔を覗き込むようにして泣いた。
「ごめんね…。
お姉ちゃん、あんたを守ってやれなくて、ごめんね……。」
アイサは彼の顔を抱きしめ嗚咽した。