The end of the DragonRaja, Chapter 1[Life and death]-27
本営は少しだけ小高くなっている丘の中腹にあった。
左翼が左側面と後方以外を敵に覆われているのを、好機と判断し、
ヴァルキリーは一人の伝令に伝える。
ただ、行け、と。
その意味を理解している伝令は、本営前にいるレクサスへ向かって一直線に丘を駆け下り、
彼に、どうぞ、とだけ言う。
瞬間、レクサスは単身敵の固まりの中へと駆け出す。
リトとシューナは有効範囲まで、ある炎属性魔法を詠唱しながら走り出す。
駆けながら索敵していたレクサスは、
最初の対象に5本の矢を同時装填する炎属性の技、マルチを放った。
確かな手応えはあった。
しかし絶命しただろうと思うが、確認はできなかった。
なぜなら手応えを感じた瞬間、
この冷たい白銀の世界とは相反する烈火の火柱にあたり一面は包まれたから。
その火柱が合図となった。
ストリームブリンガーの左側面と後方の部隊が、一斉に敵目掛けて雄たけびを上げながらなだれ込む。
左翼で心待ちにしていたシーフからは、
待ちわびたと言わんばかりの5本のナイフを同時に投げつける氷属性の技、
アイスブラストが周囲を飲み込む。
通常のアイスブラストは横一線に5本の氷の刃を飛ばす範囲効果を持つ技だが、
縦状に放たれるそれは、縦一線に5本の氷の刃を飛ばす一点集中の技で、
的に当れば即死効果を持つ。
吹雪よりも勢いがあり、冷酷な殺意を持っているような刃の大波が縦横無尽に敵をなぎ倒していった。
そこにはただ累々と横たわる敵の死屍があった。
ぽっかりと穴を開けた地面、紅く染まった残雪、
先程までは確かに活動していたがもう動くことのない亡骸の上に、無常の吹雪が降り注ぐ。
「よし、全軍歩を共にし、浮き足立った敵を殲滅しながら城へ攻めあがるぞ。」
有利に動いたこの戦局を逃すまいと、ヴァルキリーは自らも戦線へと向かおうとしたその時だった。
保護を得るためにやってきた、ストリームブリンガーの顔がある。
「待ってくれ団長、右翼にノヴァとリザルト率いる軍がいる。副団長も向かったが、奴等つえぇ。
既に何人か遣られた。」
それを聞いたヴァルキリーは顔を曇らせる。
シュリは不安がつのる。
彼女の脳裏に浮かんだのはアルフォンスだった。
「伝令っ!左翼のやつらはそのまま徐々に前進させろ、決して出過ぎるな!
レクサス達を正面と右翼に合流させろ、早く行けっ!!」
伝令に当っても仕方が無いが、ヴァルキリーは憤りを何かにぶつけたかった。
そうでなくては冷静さを欠いた自分が、
部下に命令する間もなく真っ先に援護へ向かってしまいそうだったから。
「ねーちゃん!」
ノヴァはアイサに縦一線のアイスブラストを放った。
アイサはそれを横に飛び難なくかわした。
ノヴァの急襲に慌てたピノはノヴァを牽制するために、ファイアーバードを放った。
ノヴァの保護魔法に掻き消された鳥だが、目くらましにはなった。
その隙をついて着地姿勢から、アイサがノヴァにお返しとばかりにノヴァの攻撃を真似てやった。
しかし縦状の氷の刃の嵐は、ノヴァの後ろにいたアーチャーの全身を貫いたのみ。
既にノヴァは第二撃を予想しており、その場を回避していた。
アイサがすかさずノヴァを追った。
彼女は数分後、この行動を激しく後悔することになる。
一度進んでしまった時は、もう戻ることは無いが。
ピノは間髪入れずもう一度ファイアーバードの詠唱を始めた。
しかし、彼はこの強敵を前に少し熱くなりすぎた。
腹から腰になにか熱いものを感じ、そして一瞬視線はなぜかいつもより高くなった。
まっすぐ前を見ているはずなのに。
リザルトの両手剣がピノの腹部を貫き、リザルトはぐいっと剣を持ち上げていた。
彼の両手剣の鋭さゆえに、ピノの視線は徐々に下がり始め、
一瞬目の前に覇気のある瞳を見つけた。
「ピノっ!!」
薄れ行く意識の中、アランの声が遠くで聞こえた時、
ピノは自分の体が軽くなったことを理解しただろうか。
リザルトが肩を入れ剣を横一線に大振りし、剣から引き剥がされたピノの体は宙を舞い、二度地面
に叩きつけられた。
ピノの口から大量の血が吐き出され、腹部からは湧き水の如く温かい血が溢れ出ていた。
アランが駆け寄ると、ピノの瞳から温かい涙がこぼれ落ち、彼の耳元へ流れていた。
その涙に濡れる顔をそっとアランは抱き起こしてやった。
最期の時を迎える少年を守らんと、彼らの周囲では駆けつけた仲間が、敵と激しく戦っていた。
ただ、アランには剣と剣のぶつかる金属音は聞こえていなかった。
少年の最期の言葉を聞き漏らすまいとする彼の聴覚は、それ以外を遮断していた。
「リトさん…、ごめん…。おれ、やくそ、く…、まも、れ、な………。」
最期の言葉を言い終えることなく、静かに少年は兄のように慕っていたアランの腕の中で、
あまりにも短い生涯を終えた。
瞳を閉じ口元を拭われた少年の体には、彼等の日々を語る温かい釣り鐘形の外套が覆われていた。