南風之宮にて 4-1
ハヅルとエイの二人を見送ってすぐに、王女は宮の司を振り返った。
「司様、神官と参拝者を全て奥の院に集めてくださいませ」
彼女独特の、響きのやわらかな、それでいて凛と強い芯のある声音は、不思議と聴く者に従う気持ちを起こさせる。宮の司は理由を質しもせずに、かしこまって了解を告げた。
それから彼女は兄王子と、ぞろりと並んだ自身の親衛隊を見やった。
「親衛隊は兄上にお任せいたします。皆、兄上をお願いね」
「お前はどうする」
「奥の院で、神官たちとともにバリケードを築きます。この数で守るには、宮は広すぎますもの」
王子は頷いた。
「わかった。俺は親衛隊と衛士隊で本殿周辺と参道入り口に罠を仕掛けよう」
本殿を通らなければ奥の院へは入れない。本殿周りには木柵が設置されているが、参道入り口から本殿までは小さな社が点在するだけで、遮るものもないだだっ広い空間だ。
「二、三人偵察に出ろ。それから……宮の司!」
神官をとりまとめていた宮の司が、王子の呼び掛けに振り返った。
「本殿の要柱の位置を教えてくれ。いざとなれば建物を崩して足止めすることになる」
「お、王子殿下。しかしそれは……」
宮の司のいかめしい顔から、みるみるうちに血の気がひく。
「司が躊躇するのはわかるが、火急のことゆえ従ってもらいたい。修築費の請求は王宮に回しておけ」
王家の子供達が二人ながら危機に晒されている状況で、彼女に反駁のできようはずもない。宮の司は悄然と頭を垂れた。
彼女の指示で神官の一人が奥へと走って行く。王子もそちらへ足を向ける。
外で馬の足音が遠ざかっていった。親衛隊のうちの、身軽な数名が偵察に出たのだ。
「アハト」
王子のあとに続こうとしたアハトを、王女が呼び止めた。
彼が振り返ると、王女は真摯な表情で語りかけた。
「ハヅルはああ言いましたけれど、優先順位はわかっていますね?」
「はい」
アハトはあっさりと頷いてみせた。ハヅルは自分の守護する王女贔屓を隠さないが、最終的には王位継承順だということは彼女もわかっているだろう。
「良い子ね」
ハヅルに言ったのと同じ調子で、王女は微笑んだ。
「兄上から離れないのですよ。危ないことはさせないで、敵の姿が見えたらすぐに奥の院に連れてきて」
「……」
アハトはすぐに返事をせず、王子の方をちらりと見た。
「あの兄相手に無理を言うな、と考えているでしょう」
図星を指され、彼は目を伏せた。
「いえ、そんなことは……」
「そう? それではお願いね」
「……そう言われるなら、お二人ご一緒に奥に居ていただきたいのですが」
言外に、二人して大人しくしていろと意味を込めて彼は言った。王女は、おそらく彼の意図を正確に受け取った上で、笑った。
「いやね。あの兄上を相手に無理を言わないでちょうだい」
アハトはわずかに目を見開いた。