南風之宮にて 4-5
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街道を外れた道なき道を、灰色の髪の少年がただ一騎、駆けていた。
集落跡を出て一時間は経っただろうか。エイはふと星空を見上げて時間を計った。
上着の懐に入れてしばらくの間、ハヅルは居心地悪そうにもぞもぞと動いていたのだが、いつの間にか規則正しい呼吸のリズムで拍動するのみになっていた。眠ったのだろう。
ひどい揺れの中で休めるかどうか案じていたが、眠れるようならよかった、とエイは安堵した。胸に手をあて、厚い上着越しにそっとハヅルの温かな鳥態を撫でる。彼女に回復してもらわなければ救援は遅れるばかりなのだ。
アハトのことは、信頼している。先刻闘った手ごたえからいって、彼ならば人間態でも魔族数体くらいは軽く打ち倒してくれるだろう。
だが、それこそ人間態では、人間の大軍にどこまで対応できるものか。
数は力だ。
エイはそのことをよく……とてもよく、知っていた。
一人がどれほど強くても、数の前にはどうにもならないことはある。まして二人を守りながらでは。
致死の要因を除くために、時間を犠牲にしたハヅルの判断は正しい。
だが、焦れる気持ちを抑えるのは難しかった。
本音を言えば、宮にとって返して自ら彼らを守りたいくらいだ。
馬を急かしながら、エイは無意識に、小さく親友の名を呟いた。
しばらく馬を走らせて、小さな山の麓にさしかかったときだった。
「人……?」
前方に人がひとり、立っていた。
たった一人でいる点と出で立ちからみて兵士らしくはない。
エイはあまりロンダ―ンの地理に詳しくはないが、宮を出る前に見た地図によれば、人里はしばらく無かったはずだ。
旅人か、でなければどこの国にもいる山の民の類だろうかと彼は思った。ちょうど彼らの纏うような、頭巾のついた外套のシルエットだったのだ。
見る間に距離は縮まり、人影は馬を避けるように道の脇に退いた。
やはり敵ではなさそうだ。安堵しつつも、エイは油断なく相手を見据えたまま、すれ違おうとした。
人影はなぜかこちらを向いている。
エイは、言い知れない違和感が浮上してくるのを感じながらその脇を通り過ぎた。
違和感の正体は何かと、そのわずかな一瞬に彼は考え……すぐに思いいたった。
頭巾からのぞく口元に、小さく笑みが浮かんでいた。
彼が振り返るよりも先に、それは起こった。