『よもやま―彼女と彼女』-1
中学時代からの友人だから、そこそこ付き合いが長い。仮にA子としておきましょうか。これから話すのは彼女について。
あたしが大学生の頃のこと、夜九時にバイトが終わり、その後立ち寄った大型書店でA子をみかけた。向こうは気付いてない風で、声を掛けようかと思ったが、彼女のとなりには彼氏らしき男がいる。邪魔するのは無粋だろうと、書店を出た後でメールした。「今彼氏といっしょに○○にいるでしょ?」と。
すぐに返事が来た。「今家だよ」だって。変に思ったけど、彼氏と一緒のところを見られた照れ隠しだろうと思った。
数か月後、A子と一緒に食事をした。ひとしきり会話をした後で彼女が浮かぬ顔で聞いてきた。
「この前メールしてきたでしょ?彼氏と一緒に○○にいるか、って」
「うん。それがどうした?」
「最近さぁ、いろんなとこで目撃されてるんだ」
はぁ、と彼女は息を吐く。
あたしは溜め息の理由が分からない。察して彼女が話を続ける。
「あたしにそっくりな女がいるみたい。友達が何人も見たって言うのよ」
自分にどことなく似ている人間なんてたまにいそうなものだ。同じ顔の人間が世間には三人いると昔から言うが。しかし、あたしは茶化す気にはなれなかった。彼女の顔は真剣だ。
「ある友達は車同士で擦れ違ったと言ってたけど、あたしはその時間に車には乗っていなかったし。そんな話が何件もあって少し気味が悪い…。なんか生霊みたいじゃん」
あたしは乾いた笑いしか出せない。
その日彼女が着ていたコートは、あの晩あたしが見たものと同じだとはとても言えないままでいた。
数年たった今、彼女は地元よりだいぶ離れたところへ嫁いでいった。去年生まれた女の子はもう八か月になったそうだ。月に一度は同居している姑の愚痴を言いに帰って来る。
ある日、スーパーで買い物をしていると、買い物カートに子供を乗せたA子の姿を捉えた。こっちへ帰って来てたのだと思った。あたしはレジ換算中だったので、済ませて彼女を探すが見つからない。携帯で電話を掛けると彼女は自宅にいると言った。
「まだいるんだね」
A子は電話の向こうで薄く笑う。
電話を切った後で、「彼女」にも子供ができたかと思い、あたしも思わず苦笑を漏らした―。