鎖縛-2
歩霧が殺されて、いろんな事を考えてしまう。私の推測が、もしも合っているとすれば、歩霧は実行したに違いない。あの…忌まわしき噂を…。他にはそれしか考えられないのだ。
「そーいえば…あの子はあの日、コンビニに行くと言って夜中に家を出たわね…確か二時前に…」
「そうですか…ありがとうございました」
歩霧の母は小さく頭を下げ、「またいらっしゃい」と言ってくれた。私は歩霧の家を後にすると、噂の真実を打ち明ける決意を固め、その日は早くに床に就く。
(ごめんね…歩霧…)
頬を伝う涙も拭わず、ただ朝を待った。
無理にでも平静を装い、学校へ向かう。通学路を通る時も、学校に入った時も、一つの事しか頭にはなかった。
教室には既に貴音がいたので、鞄を自分の机の上に置くと、早歩きで、橙子と雑談をしていた貴音の元へ。
「ねぇ貴音。あの噂について、あそこまでしか知らないの?」
朝一発目からのその言葉に、貴音も橙子も少し引き気味だ。
「いきなり何を…」
「いいから」
本気で驚いているが、私の目を見ると、貴音は真剣な面持ちをこちらに対して向けてきた。
「ええ。あそこまでしか知らない。それがどうかしたの?」
貴音の言葉には棘があり、私の胸の動悸は着々と早くなる。
(言わなきゃ…)
勇気を振り絞るのと同時に開き直ってやる。
「いいこと?よく聞いて。あの橋の噂話には続きがあってね?その現象に遭遇した者は、自分の運命の人と出会うんだけど、運命の意味が違うんだよ。その橋にまつわる『運命の人』ってゆーのは…」
二人の顔は、一瞬にして凍りついた。限りなく青に近い白。そんな顔だった。
「自分の命を絶つ人の事」
口を開けないでいる二人を余所に、私は深呼吸をして更に付け加えた。
「あの橋は昔何て呼ばれてたか知らないでしょ?鬼来橋よ。オニはキとも読めるし、コいはキとも読める。キキ橋が来来橋になって、来恋橋になったらしいわ。昔おばぁちゃんから聞いた。オニがクる…自分の霊(タマ)を取りにね…」
その瞬間、貴音は震え、頭を抱えだし、小さく呟く。
「どうしよう…」
遅かったのだ。既に貴音は実行してしまったようで、問いただすと今日がちょうど5日目だとのことだ。私は彼女を守る事にした。それもケジメだから…。でも、少し経ち、冷静さを取り戻した貴音は、私を睨み、「近寄らないで…」と連呼した。
「貴音?」
「来ないで…」
恐怖に満ちた表情で睨むのは、他の誰でもなく私一人。
「ちょっと…」
「来ないでって言ってるじゃない!」
教室中を響き渡った貴音の声に、全てのクラスメイトの視線は、私たち二人に注がれる。貴音は窓に背を向けた状態で、じりじりと窓際に近づく。じきに窓の所までたどり着いてしまうと、今さっきの表情を凌駕した目つきで睨まれる。
「だからどうしたのよ…」
「あなたに……されるくらいなら」
ガラガラと窓を開け、窓ガラスに足を掛け、私に一声。
「自分から死んでやる」
私の目の前で、貴音は三階から飛び降りた。下には花壇用の柵があり、貴音はそれに串刺しにされていた。真っ赤な貴音の姿を見て、直感を真実として受け止めなければならなくなった。
(あなたが橋で見た運命の人は…『ワタシ』)
最後に貴音はこう告げて飛び降りた。だから…確信できる。ワタシは友を…殺した。
「あなたに殺されるくらいなら…自分から死んでやる」
皮肉なモノだな。そう思ったから、だから私は、その窓に、身を…投げた。
END