投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

白面の鬼
【ホラー その他小説】

白面の鬼の最初へ 白面の鬼 0 白面の鬼 2 白面の鬼の最後へ

白面の鬼-1

 私の名前はジャック・ド・モレー。
 昼は薄暗い館や洞窟の中で棺桶の中で眠り、夜になると夜気を身に纏い、人間を襲って血を啜り、永劫の時を生きる魔物である。人は私のことを吸血鬼であるとか白面の鬼、悪魔、などと呼ぶが、私に言わせれば人間ほど欲深くて血にまみれた生き物はいない。
 六百年以上前フランスで生まれた私は、人間の悪徳と強欲を、血塗られた性状を嫌と言うほど見てきたのだ。私はこの第二の生を賜る前、騎士であり、敬虔なクリスチャンでもあった。私は聖地を守護する事を目的として設立された騎士修道会、テンプル騎士団最後の総長であったのだ。女人禁制の禁欲的で清浄な生活を送りながら、私は神を愛し、そしてまた神も私を愛してくださっていると、万民は等しく神に愛されているのだと信じて疑わなかった。日々の糧を神に感謝し、同じく敬虔な騎士団員達を誇りに思っていた。
 ところがある日、欲に目が眩んだ教会の奸物共に陥れられ、私と騎士団員達は、悪魔と同衾しただの、黒猫の肛門にキスしただの、不名誉な罪状でシテ島に投獄されてしまった。我々騎士団の、肥大化した領地と騎士団資金を奪い取る為だ。しかし、他人の目にはどう映っていたかは分からないが、騎士団の運営資金は個人に還元されることはなく、我が団員達は慎ましく生活していた。それを、強欲な連中が筋違いにも妬み、清廉な神の使徒を薄暗い牢獄に幽閉したのだ。勿論、私も投獄され、足枷を付けられて何日も拷問を受けた。そして悪魔崇拝者であることを認めれば、命だけは助けると言われもした。こんな莫迦な話があるだろうか?犯してもいない罪を認め、命乞いをしろと言うのだ。拷問に耐えかねた団員達が罪を認め、命乞いをする中、私とノルマンディー管区長のジョフロワ・ド・シャルネーだけは頑として罪を認めなかった。
 その結果、永きに渡る宗教裁判の末、私とジョフロワは悪魔崇拝者とされ、ノートルダム寺院での火刑を待つ身となった。そんな折りだった、私のこの身を悪魔に変えた男、吸血鬼マグナスと出会ったのは。
 マグナスは最初、深月の晩に現れた。しかし拷問を受け続け、私は疲労困憊していた。その為、最初に暗闇の中にマグナスの顔が現れたとき、私はそれを月だと錯覚した。黒い服を着て白い顔だけが闇の中に浮かんでいたからだ。私は首を傾げてその月を見たが、疲れはその異質な月に対する興味をも失わせており、鉄格子の向こうから顔を逸らして、なるべく楽な姿勢をとろうとした。石畳は冷たく、強張った身体は拷問と疲れの為に痛み、どんな姿勢をとろうとも癒されることは無いのだが…。
 枷の為に肉の剥がれ落ちた足首は、じくじくと血膿を吐き出し、今更のように私を苛む。疲れていて、意識は朦朧としているにも関わらず、頭の奥底に赤い灯がちらちらと明滅し、私は眠ることができなかった。すると、いつの間に鉄格子をすり抜けて来たのだろう、黒い闇は私の傍らに立ち、白い月のような顔を歪ませて囁いた。月の表面には赤い裂け目が三つあり、そこから不可思議な光が赫々と漏れだしている。
「ジャック、お前は何故この様な目に遭っているのか?もしお前が望むのなら、お前に永遠の生を与え、仇敵を誅戮する力を与え、この薄暗く冷たい牢獄から解き放ってやるぞ」
 それは紛う事なき悪魔の囁きであった。しかし、私はその声に耳を貸さなかった。それは現実の物ではなく、疲れと痛みから幻を見ているのだと自分を言い聞かせた。そしてこの幻こそが、神が私に与えたもうた最後の試練なのだと。しかし、闇はさらさらと衣擦れの音をさせ、身体を屈み込ませて私の顔を覗き込んだ。口元から獣の血の臭いが立ち上り、私は咽せかえりそうになったが、今にして思えば、それこそが人間の血の臭いだったのだろう。悪魔は私に同情するような振りをして、再度、私に囁いた。


白面の鬼の最初へ 白面の鬼 0 白面の鬼 2 白面の鬼の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前