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白面の鬼
【ホラー その他小説】

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白面の鬼-8

 私はかなり気まずい思いでマグナスの顔を見た。それと同時に奇妙な安堵感も感じる。もうすぐ夜が明けるが、マグナスにはこの窮地を抜け出す算段があるに違いない。マグナスは私などよりずっと長く悪魔をやっているのだから。
「子供に暖炉の火が熱いと教えるには、敢えて暖炉の火に触らせる事が一番手っ取り早い。これに懲りたら、もう二度と軽率なことをしないことだ…。ともあれ、お説教をしている場合ではないな。もうすぐ夜が明ける。教会近くに私の馬車が止めてあるので急いでついて来るんだ」
 私は子供扱いされたことに憤然としたが、今は何を言われても仕方がない。憮然としたままマグナスの後に続くと、黒い馬車が教会を出てすぐの場所に止めてあった。マグナスの魔力の虜になっているのだろうか、御者は生気のない少年で、虚ろな瞳で私達を迎える。しかし、私とマグナスは御者の少年にかまうこともなく、その馬車に転がり込んだ。程なく、朝日が銀色の矢を私達に向かって射掛けたが、危機一髪、私達は黒こげを免れた。やがて馬車が足早に走り出すが、私は馬車の中で眠りにつき、再び目を覚ましたときには、私はマグナスの屋敷の中にいた。
 そんな事があってから、マグナスは私の復讐の為に力を貸してくれるようになった。私を一人にしておくと何をしでかすか分からないと考えたのだろうか、自分の人脈を通じて、宮殿の警備の様子やフィリップの動向を調べ上げてくれた。そして、宮殿の見取り図まで入手し、進入経路など、色々細々とした計画を立て始めたのだった。
 当初、マグナスは仕方無しに私に付き合ってくれているものと思っていたが、どうやらそれは間違いで、マグナスはこの計画を楽しんでいるようであった。丁度、子供がとんでもない悪戯を計画して喜んでいるような、マグナスに瞳にはそんな無邪気な輝きがあった。反面、私の方はその計画に無関心であった。クレメンスを殺害した時、私は復讐への情熱を失ったようだった。復讐を成し得た時、私はそれまで想像していた達成感や喜びを微塵も感じていないことに気が付いたのだ。空虚な感覚を覚えた私は、フィリップへの復讐心が冷めていくのを感じた。しかし、それを表に出すことは出来ない。もしそれを出してしまえば、私が悪魔にまで身を落とし、復讐しようとしていたことが全て否定されてしまうからだ。それに、フィリップが世に害を為す存在であることに変わりはない。私はマグナスの計画に神妙に付き合い、やがてその計画を実行する日が訪れた。
 この計画が持ち上がって以来、私はマグナスについて改めて驚かされることがあった。それはマグナスが貴族達の間で意外に顔が広いと言うことであった。この世の栄華を思うがままに出来る貴族達。その貴族達が次に欲するのは不老長生であり、マグナスはそれをいつの日にか提供するとして、色々な階級の人間と通じていたのだ。その為、普通の人間には到底手に入れられないような裏の情報までマグナスは手に入れることが出来た。そして驚くべき事に、我々が宮殿に忍び込むその手引きをする者さえがいた。結局、私とマグナスは思いの外簡単に宮殿に入り込み、そしてまんまとフィリップの寝室までやって来たのだった。しかし、そこで私達を待っていたのは、意外なほどあっけない幕切れであった。
 私が騎士団の姿で街を徘徊したことは私の知らない所で色々な影響を与えていた。教皇クレメンスの謎の死が起きたことも同様で、庶民も貴族もテンプル騎士団の呪いだと口々に噂しあい、その事は当然国王であるフィリップの耳にも入っていた。そして、その呪いは誰もが知らないところで疑心暗鬼となってフィリップの心を蝕んでいた。私達が計画に時間を費やし、フィリップに時間を与えたことも少なからず影響していただろう。フィリップはクレメンスが殺されて以来精神状態が不安定になり、ついには錯乱するにまで至っていた。そして、私達が彼の寝室を訪れた時には、彼は心臓発作で既に息絶えていたのだ。恐ろしげに見開かれたその瞳に、最期何が映ったのかは知る術もないが、何か尋常ならざるものの為にその死に顔は恐怖に凍り付き、指先は宙を掻きむしるような格好で固まっていた。悪魔の身の私が言うのも何だが、フィリップは本物の亡霊に取り殺されたのだろう。
 結局、私達は後味の悪さを残したまま何も出来ずに宮殿を後にしたのだが、フィリップが死んだことは当然のように私の仕業とされた。そして、その後も事あるごとに私は引き合いに出され、あろう事か私の呪いはその後五百年も続いたことにされた。ルイ十六世が処刑され、フランスの君主制度が崩壊したのは私達の呪いの為だと言うのだ。しかし、呪った本人が言うのも何だが、人の怨念など五百年も続く筈はない。全ては抑圧された民衆が作り上げた幻想なのだ。そしてそれこそが呪いの正体なのかも知れない。


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