そいつの正体-1
俺はあれから自分の能力を利用して快適に暮らせるようになった。
食べ物は簡単に手に入れることができる。
問題は食べられない物をどうやって手に入れるかだが、あの女の子にやったように手に入れたい物を『おいしそうだ。食べたい』と思うようにして手に入れるようにした。
これには涙ぐましい努力が必要だった。剃刀は銀紙に包まれたチョコレートだと思って手に入れたし、石鹸はおいしいナチュラル・チーズだと思うようにして掴んだ。
だが、人間のような生き物はあの女の子以外引き入れたことはない。
そしてそれは突然起こった。
俺はホテルの空き部屋に泊まるようにしていた。
フロントに行けば、使ってない部屋のカードキーが並べてある。
それを拝借して部屋のドアを開けて、ちゃっかり使わせてもらうのだ。
その部屋にお客が入って来たなら、俺が出て行けば良い。
だが俺はそのときバスルームの湯船に漬かっていた。
誰かが入って来た気配はした。だが、俺は油断していた。
最低誰かが浴室に入って来たとしても俺が見つかる恐れはないからだ。
俺は漬かっていた湯を空間から湯船に移動しながら湯船から出た。
そのとき浴室のドアが開いた。そこに立っていたのは素っ裸の娘だった。
「あれ? お湯が入っているし、明かりもついてる」
娘は年の頃は10代後半だろうか。長い髪は肩まで垂れて茶色に染めていた。
よく発育した乳房としっかりした腰骨、そして黒々とした陰毛が俺の目に飛び込んで来た。
ここ最近俺は食欲を満たすことに専念してきた。
だからこういう性欲を感じる場面には滅多に遭遇しなかったといえる。
俺はこの娘を抱きたいと思った。その証拠に俺の下半身が大きく変化したからだ。
「きゃー! 誰」
気がついたとき娘は俺の死角空間中に入っていた。
俺も彼女も生まれたままの姿で、浴室と言う密室の中で……いや、死角空間という曲面の曇った膜に囲まれた密室の中で向かい合っていたのだ。
しかも俺の下半身の一物は鎌首を持ち上げて娘の視線に曝されていた。
「だ……誰? い……厭」
娘は俺の一物から目をそらそうとせずに入って来たときのドアを捜していた。
だが曇った色のバリアの壁は手で押してもふわふわした弾力で押し返すだけで、そこから出ることはできない。
床の部分だって風呂場のタイルではない。
やはり曇った弾力のある膜に覆われている。
俺は娘の顔を見た。嫌悪の表情で一杯だ。次第に俺の一物は萎えた。
俺にレイプの趣味はないからだ。
「お嬢さん、怖がらなくても良い。君は間違えてこの空間に紛れ込んだんだ。
今元の所に戻してやる。そして俺のことは忘れるんだ」
俺は彼女を空間から弾き出した。どうやったかと言うと、説明するのが難しい。
つまり牛乳パックを投げたときみたいに、その娘をいらないと思ったのだ。
娘は元の浴室に立っていた。だがドアを開けるとそこから飛び出した。
ベッドの上に脱ぎ捨てた衣類を慌てて身につけるとフロントに電話をし、部屋を代えてほしいと言った。
俺はその間、ホテルの浴衣を一着拝借してその部屋を出た。
娘は宿泊を予約していたらしい。
しかももう1人の友人と待ち合わせて一緒に泊まる積りらしかった。
そういう情報はフロントと娘のやり取りでなんとなくわかった。
俺は、娘に連れがいたのでこのショックをなんとか乗り越えるだろうと思った。
もっともそんなことは俺には関係ないし、どうでも良いことだ。
どうでも良くないのは、何故あんな大きな娘が空間に入って来たのかということだ。
俺は仮説を立てた。つまりこの空間は極めて動物的な性質があるということだ。
何故なら食べ物を摂取するように、食物なら中に取り入れることができる。
そして余分なものを排泄することも。
また性欲の対象が現れると、それを中に取り込んでセックスができるようにするということだ。
だが食べるのも俺だし、セックスももしするとすれば俺がするのだから、この空間が動物だというのは当たらないかもしれない。
だからこの謎がなかなか解けなかった。
俺は別の空き部屋のベッドに横たわってこのことを考えながら眠りに就いた。