黄泉路〔よみじ〕の海-1
「みんな集まっているな…それじゃあ…話すぞ」
そう言って、キャンプ場の管理人…零二は眼鏡のフレームを軽く触れてから、沈んだ口調で語り始めた。
「これは…この漁村に伝わっている…昔話しだ…」
キャンプの最終日…松林を渡ってくる波風の音が聞こえる、漁村の砂浜で、焚き火の揺らぐ炎を囲んだ、四人の男女…葉摘(はつみ)…岳斗(がくと)…紫穂(しほ)…知哉(ともや)は静かに、零二の話しに耳を傾けた。
「昭和の始めころ…この漁村に三人の兄妹がいた…兄妹の家は貧しかったので一番下の、幼い妹が裕福な親戚の家に、里子として出された…」
夜風が炎を揺らす、葉摘は隣に座る岳斗の腕を、存在を確認するかのようにつかむ。
「家に残された兄が、18歳…妹が16歳になったある日…悲劇が漁村を襲った…津波で兄妹の父親と母親が亡くなった」
紫穂が「かわいそう…」と、呟く。
「親を亡くした兄妹に、村の者は冷たかった…その時代は自分たちが、食べていくだけで必死だったからな…しかたがないことだ」
四人の男女は、静寂の中…零二の話しを聞いた。
「それで…それで兄妹はどうなったの?」
たまらずに、紫穂が口を開く。零二は消えかけている焚き火を、小枝で掻き回しながら話しを進めた。
「兄と妹は、村人に追い払われるように、近くの山へと身を潜めた…そして、生きるために恐ろしい悪業を行った」
ここで、零二は一呼吸…大きく息を吐く、語るのをためらっているようにも見えた。
「…みんなは『熊の胆』〔くまのい〕…と、言う薬の名前を聞いたコトがあるかな?熊から採った肝臓を干した物なんだが…」
四人の若者は首を、横に振る。
「そうか、やはり知らないか…昔は万能薬として重宝されていた薬だ…もちろん熊を殺さなければ手に入らないから、それだけ高値で取り引きされていた…」
紫穂が鳥肌の立ってきた、両腕を自分で抱きかかえた。
かわらに座る知哉が、消えそうになっていた、焚き火に小枝を放りこむ。
「山の中で住むようになった、兄と妹はその『熊の胆』を売って生活した…ただし、町に持って行って売っていたのは、熊の肝臓ではなかった…」
熊じゃない生き物の、肝臓!?その言葉に、四人の若者の脳裏に、ある言葉が浮かんだ。
決して行ってはいけない…悪夢の所業…熊ではない生き物の腹を裂いて、取り出される血に染まった臓器…「まさか」…と、紫穂が震えながら、呟く。
「もう、気づいただろう…兄妹は熊よりも簡単に捕まえられる生き物を、殺して腹を裂いていた…【峠の山道を登ってくる、行商人や旅人を襲うこと】を、二人は繰り返した…生きるために、人の生き胆を採り続けた」
震える、葉摘の体を岳斗が抱き寄せる。
紫穂もまた、知哉にしっかりと手を握ってもらっている。
「このキャンプ場に来る途中に、海に突き出した断崖があっただろう…今は小さな地蔵堂が、建てられている…」
四人の若者は、無言でうなずいた。
「兄妹は肝臓を抜いた死体を、あの断崖から海に投げ捨てて処分していた…あそこは潮の流れが激しくて、落とされた死体は、断崖の下にある洞窟の奥に押し流されるからな…あとは、洞窟の中でカニやウナギが肉を食べて、死体は骨になる」
四人の脳裏に、零二の言葉から恐ろしい光景が、浮かぶ…洞窟の奥に流れついて積み重なった人骨、そこに新たに流れ着く死体…さらに、その死体を貪り食べるために群がる生物…カニやウナギに、喰われて崩れていく死体の情景を想像して、葉摘は吐きそうになった。
さらに、零二の話しは続いた。
「ある月の無い夜…兄妹は峠の道を、村へ向かって歩いてきた若い娘を殺した…いつものように、娘の腹を裂いて肝臓を取り出そうとした、その時…」
ここで零二は、一息…ペット・ボトルに入った飲料水で喉を潤す。
「それで…どうなったの?」
たまらずに紫穂が聞く、零二は四人の顔を見回した。
「娘の着物の袖から、一個の土鈴〔土で作った鈴〕が転がり出た…その、音色を聞いた瞬間…兄妹の顔色が変わった…それは、里子に出された一番下の妹に、津波で亡くなった親が持たせた物だった…いつか、三人が出会った時の目印になるようにと…」
四人は、零二の話しに言葉を失った。