黄泉路〔よみじ〕の海-2
「兄と妹は自分たちの、行ってきた罪の深さを知った…そして、身内を殺してしまったことに、正気を保てなくなった兄妹は…あの崖から身を投じた…だが、神仏は二人の罪を許さなかった」
「まだ、なにか…あるの?」
紫穂の問いに零二は、うなずく。
「黄泉の世界は兄妹の魂を、受け入れることを拒否した…二人は成仏することを許されない【黄泉路人〔よみじびと〕】となって海底をさ迷う罰を受けた…」
零二は夜の海を指さす…。
「それ以来…この地方の漁師は二人が崖から飛び降りた命日には、供養の意味で漁には出ない…それと」
と、零二はニヤリと笑った。
「うっかり、その日に海に潜れば、海底を歩く人影と出くわしたり…網を海に投げ入れると、黄泉路人は自分を助けてくれると思って…網を掴んで海から上がってくるそうだ…ほらっ!後ろ!誰か立っている!青い顔で」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
零二の言葉に、紫穂と葉摘は悲鳴をあげて、岳斗と知哉に抱きついた。
「あっははは…少し脅かし過ぎたかな。それ以来…あの崖から罪悪感を抱いたまま、投身自殺した人間は【黄泉路人】となって、時折…救いを求めて崖をよじ登ってくるらしい…だが、村人が建てた地蔵堂があるために、崖の上までは上がれずに、また崖を下って海に戻っていくそうだ…」
そこまで話し終えると、零二は立ち上がって。大きく背筋を伸ばした。
「話しはこれで、終りだ…くれぐれも崖から、黄泉路人が救いを求めて…白い腕を伸ばしても、その手を掴まないようにな…黄泉路に引き込まれたくなかったら…おやすみ」
そう言って、管理人の零二は管理室へあるコテージへと帰っていった。
残された四人は、零二が去ったあとも…体が震え続けるのを感じた。
一夜開けて朝、零二はキャンプ場の見回りにやってきた。
「あの四人…もう帰ったのか?せめて、帰りの挨拶くらいしていけばいいのに…」
まだ、少しくすぶる火の始末をしながら、零二は呟いた。
(それにしても…我ながら、良くできた作り話しだったな…あの四人、かなり怖がっていたな)
と、零二は楽しそうに苦笑した。
その時…近所に住む、知人の男が車でやってきた。
男は零二の顔を不思議そうな目で眺めながら、口を開いた。
「昨夜は…いったい何をやっていたんだい?」
知人の言葉に零二は、眉を寄せた。
「なにを言っているんだ…ここで、若者たちに怪談を聞かせていただろう」
「誰もいなかったぞ…おまえが独りだけ…焚き火の前で呟いていただけだ…薄気味悪かったから、オレは管理人室に、土産のスイカだけ置いて帰った…」
「おいっ…おいっ、悪い冗談はよせよ、そこに四人の男女が座っていただろう…」
「四人?そう言えば…昨夜、このキャンプ場に来る途中の道で崖から、ワゴン車ごと落ちて亡くなった若者の数も…四人だったな」
「なんだって?」
知人の男は持っていた朝刊を、零二に差し出した。
「ほらっ…これだ、昨夜…ここに来る途中に警官が後処理をしていた、事故の記事が載っている」
知人から渡された新聞の、小さな記事を見た瞬間…零二の背筋に寒気が走り、顔から血の気が引いた。
『昨夜十一時ごろ、海のキャンプ場に通じる断崖の道で…若者四人の乗ったワゴン車が運転を誤って、崖から三十メートル下の海中に転落…乗っていた四人の男女は、引き上げられた車内で遺体となって発見された…亡くなったのは……』
零二は震える指で、つかんだ新聞の記事に書かれていた名前に、恐怖で歯を打ち鳴らした。
(じゃあ…オレが、話しをしていた…あの四人は…いったい?!)
思い返してみれば変だった…四人の顔にはどうしても、影になって見えない部分があった。
(炎の、揺らぎ具合で見えないと、思っていたが…あれは…あれは!?)
この時…零二は四人の若者の顔に貼りついていたのが、乾いた血痕であったことに気づき…その場に放心状態で座りこんだ。
…くすっ…くすっ…あっははははっ…
零二は昨夜に、目前で座っていた若者たちの囁く笑い声が…海の方から、聞こえてきたような…そんな気がした。
【完】