16-1
男が絡むと女は必死になる。
醜い。
見るの、俺、大好き。
お前の事なんてこれっぽっちも。
奈々美の事、殺してくれてありがとう。
楓が一番面白かった。
思考は混乱し、黒谷君が言った言葉は脳内を所狭しと行き交う。そのうちに内蔵から迫り上がってくる不愉快な固まりが、呼吸を邪魔しだす。全てに合点がいった時、錯乱状態に陥り、私は目につくもの全てを壁に投げつけていた。ここで不愉快な臭いを放ちながら命の炎を消した、いや、私が消したあの女は、結局何も手を下していなかったのだ。ただただ黒谷君の事が好きで、奪われたくなかっただけなのだ。なぜあの女を殺した。殺されそうになったから? 彼女は本気で私を殺そうとしたのか? あの時少しでも冷静になれたら。冷静に話し合いをしていたら。
黒谷岳が、手を下していた事に気づいていれば。
倫理的思考は限界に達し、その場で多分私は、悲鳴のような音を発したのだけれど、自分の耳には届かないまま、壁から生えていたテーブルタップを引っこ抜き、向かいの壁に投げつける。
ふと、頭の中に緩く暖かい粘液が流入して来たような気がして私は、投げつけた長いテーブルタップを手に持つと、自然と口元に笑みが零れた。車のキーを手に外へ出ると、つんざくような冷気が薄着の身体を射抜く。
吸い寄せられるように夜の道を車で進む。暗闇に包まれた雑木林の入り口を車でくぐった時に、周囲には車が一台もいなかった。いたって良かった。見られても困らなかった。
車のヘッドライトはいつまでも雑木林の闇にはとけ込まないまま、奥へ奥へと誘うように光を遠くへ届ける。
その光が、大きな木を照らすとともに、小さな突起物が目に入った。三角錐だ。
車のエンジンを切り、スペアタイヤを取り出す。ちょうど良い高さだった。木の幹に立てかけるとタイヤは自重で少し土にめり込んだ。私はタイヤに乗ると、幹から生える太い枝に、雑木林にはちぐはぐに見えるテーブルタップの長いコードを掛けた。酷く冷静な頭の片隅が、しくじらないようにコードの掛け方を考える。
少し歪んだ円を描いたコードから覗き込んだ、底に視線をやる。あの時、少し奥まった林の中で見つけた、このコードのように場違いな程人工的な三角を張り合わせたような石が、こちらにその先端を向けている。
「ごめんね」
誰に言う訳でもなく、その言葉が口から溢れ出た。私は多分、笑っていたと思う。
その石に手を伸ばすように、円の中に顔を挿し入れ、タイヤから足を離した。
届かない。私の身体はただ振り子のように揺れて、そして視界は、閉ざされた。