15-2
それでもまだ、越智さんへの手紙は送りつけられ続け、金曜日で五通目を数えた。その度に彼女は私に手紙を見せに来た。内容は毎日少しずつ違うけれど、罵詈雑言の羅列である事には変わりなく、それでも気丈に振る舞っている越智さんは強いなと思わずにいられなかった。
私への嫌がらせはきっと、あいつの仕業に違いない。そう思い込まずにはいられない。そうでなければ、私があの女を消し去った意味がなくなるのだ。しかし越智さんへの嫌がらせはどう考えても別の人間の仕業だ。私が添島から受けた嫌がらせを全て知っている人物。それでも中野さんではない。職場の誰か。昼休み、中庭のベンチに腰掛けて考える。二月の寒空は思考回路を冷却してくれると期待して。
「何してんの」
さわやかな笑みをたたえて近づいて来たのは黒谷君で、私の隣に腰掛けた。
「嫌がらせの犯人が全然分からなくって。その事を考えてた」
そう言って少し浅く腰掛けて背を反らせる。空はただ一様に淡い青だけを塗り籠めたようで、白い雲が見当たらない。場違いな太陽が、光を放って眩しい。その眩しさが、今は鬱陶しかった。私は上を向いたまま長く溜め息を吐いた。
横から、クツクツと笑い声が聞こえた。それは確かに隣から聞こえる音で、私は身体を起こして笑い声の主を確認する。間違いなくその声は黒谷君の身体から発せられ、笑っているのに奇妙にひしゃげた顔に妙な違和感を感じる。
「まだ分からないの。男が絡むと女は皆必死になるんだよな、醜いよな」
唖然として彼の歪な笑顔から視線が外せない。口はぱくぱくと動くのに、声が出ない。
「女が醜い争いをしてるを見るの、俺、大好きなのね」 そうして口元を押さえてまた笑う。 「お前の事なんてこれっぽっちも好きじゃないから、俺」
そう言い残して彼は立ち上がり、まるでスキップをするように歩いていく。開いた口を塞ぐ事ができないまま、彼の広い背中をじっと見ていた。
ふと、脚を止めて彼は小走りにこちらへ戻って来ると、動けないでいる私の耳元にキスをするように唇を当てた。そして囁く。
「奈々美の事、殺してくれてありがと。楓が一番面白かったよ」
今度こそ踵を返し、跳ねるように歩いていく彼の後ろ姿は、徐々に歪んでいき、気づいた時には頬に落ちた涙が冷気で冷えていた。
立ち上がると膝が言う事をきかない。暫くその場で膝を押さえ、脚を引きずるように居室へ戻った。早退する、と課長に告げた事は覚えている。自宅までどうやって戻って来たのか、記憶が定かではない。