11-2
インターフォンが鳴ったのは十九時頃だったと思う。部屋着に着替えた直後だった。脱いだ服はその辺に転がっているけれど、訪問者が誰なのか分かっているので服は脱ぎ散らかしたまま私はゆっくりとした足取りで玄関に向かった。ドアノブに手をかけた瞬間に、自分の中に渦巻くどす黒い感情が湧いてくるようで、私は醜く笑みを浮かべた。
「いらっしゃい。どうぞ」
そう言うと添島奈々美は何も言わずにヒールの高いパンプスを脱いで部屋にあがった。私は彼女の後ろから、部屋に入った。
添島はぐるりと部屋を見渡した後、「散らかってるね」と冷たく零す。
「話は」
そう問うと、彼女は振り返り、口を開く。 「岳の事。あんた岳に手だしてるでしょ」と凄んだ口調で言う。凄みを利かせた醜い顔。私は馬鹿らしくて鼻で笑った。
「手だされたから私に嫌がらせしてんの? あんた、中学生?」
私の言葉に怪訝気な顔をしてみせたのには辟易した。
「嫌がらせ? そんなの知らないし。どっちかっていうと嫌がらせしてんのはあんたでしょ。岳と仕事帰りに会ったり、私の目の前で岳といちゃついたり。随分と岳の事を誘惑してるらしいじゃん。あんた如きが私に勝てると思ってんの?」
心の底から笑いが込み上げてきて我慢できなかった。堰を切ったようにクツクツと笑い声をあげた。
「あのさ、今、黒谷君が誰に惚れてるか、知ってんの?もうあんたの事なんか好いてないんだよ。愛想つかれたんだよ、あんたみたいな性悪女は」
そう言うとぐしゃっと顔を歪めた添島が私の髪を両手で掴んだ。攣れるような痛みが頭皮に走ったけれど、私は笑っていた。髪を掴まれたまま頭を揺すられたけれど、私の口からは笑い声しか出なかった。
「何笑ってんの、気持ち悪い」
悲鳴に近い声をあげながら手を離した添島は、整っている筈の顔を思い切りしかめている。そこには美しさの欠片もない。私の顔だって大概だろうと思うとまた可笑しくて、笑いが漏れる。
「岳から手を引きなさい。岳に聞いたんだから。あんたがしつこく詰め寄ってくるって」
一瞬私は目を見開いて「次は作り話?」と言うとまたクツクツと笑いが込み上げる。すると添島は、これまで見た事もない醜悪さで顔を歪め、私の首に冷たい両手を巻き付けてきた。
「あんたなんて死んじゃいな!」
顔が鬱血するのを感じ、私は玄関からこっそり持ってきていた護身用の角材を手探りで持つと、添島を横殴りに殴った。彼女は短く悲鳴を上げて、その場に倒れ込んだ。スカートから下着が覗き、その様子が酷く無様でまた笑う。
「何すんの! 痛い」
人の首を絞めておいてこいつは何を抜かしているんだと、冷静に考える。口の端に笑みを浮かべ、「先にやったのはあんたでしょ」と言うと、また掴み掛かろうとしてきたので、更に一度、殴る。血が出ない程度に。
「殺されそうになったら、殺しちゃえばいいよ、奈々美なんて」いつだったか、黒谷君が言っていた。そう、簡単な事。
テーブルの横にうずくまった添島を見て、私は思った事をぽろりと言った。「あんた、要らないよ」
脱ぎ散らかしていた服の中からベルトと掴むと、添島の後ろからベルトをかけ、力任せに引っ張った。どこにそんな力があるのかと思うぐらい酷く暴れるので、階下に住人がいない一階で良かったと、ふと思う。
顔は絶対に見たくなかった。とにかくこいつの力が抜けるまで、必死でベルトで締め付ける。絶対に為損じてはいけないと思うと、添島の力が抜けたと思ってもなかなか手が離せず、一体どれくらいの時間ベルトを握っていただろうかと、手の平に平行に走るベルトの跡を見て思う。