偽りの歌姫-2
そして、王さまの手で金細工のティアラを授けてもらい、大広間を振り返った時、あたしはその人に気がついた。
グレーの髪をした、若い男の人だった。
冷たいほど整いすぎた美貌の顔立ちだったけれど、あたしが気になったのは、そんな事じゃない。
誰もが熱狂的な賛美の視線を向けている中、その人だけは拍手するでもなく、冷ややかな視線でつまらなそうにあたしを眺めていた。
そして彼はクルリと背を向け、ひっそりと広間から出て行った……。
その後、王都で過ごした十日間は目まぐるしく過ぎた。
大勢の貴族に紹介され、誰もが『あたしの歌』を聞きたがり、『あたしの美貌』を誉めそやした。
何人もの貴族から求婚もされた。
けれど、誰もかれもいまいちもの足りず、全てに曖昧な返答をして、あたしはニッコリ微笑んではぐらかす。
求婚者たちは、それだけでもうっとりして、一層あたしに夢中になった。
砂糖に群がるアリみたいに、男たちは次々寄ってくる。
最初は一々相手にしていたけど、次第に面倒くさくなってきた。
「――あら?貴方は……」
『彼』に会ったのは、たまには一人になりたくて、城の裏庭へ避難した時だった。
あの広間で、たった一人あたしに賛美の視線を送らなかった、若い男の人だ。
今日は正装の上着じゃなく、長い白衣を着て、青いブローチで北国の錬金術師だったんだと気がついた。
「僕をご存知ですか?」
「ええ。音楽祭の広間で……お名前は知りませんけど」
「失礼しました。ヘルマン・エーベルハルトと申します」
非の打ち所のない優雅で丁重な物腰で、彼は一礼して名乗った。
天使の彫像みたいに整った口元に、柔らかい笑みが浮かんでいる。
アハハ。なんだ、この人だって結局、あたしに夢中になったんだわ。
「嬉しいわ。広間では、あたしの歌が気に喰わなかったのかと思っていたから」
そう言った瞬間、 凍てつきそうなアイスブルーの双眸に気付き、心臓が凍りつくような感覚を憶えた。
「偽りの勝利を賛美しようとは思いませんよ」
柔らかく見えていた口元の笑みは、これ以上ないほど皮肉で冷たい嘲笑だった。
「い、偽り!?変なこと言わないでよ!」
「忠告いたしますが、『借り物』は早く返した方が宜しいですよ」
「な、なに言ってるのか……わかりません……」
「そうおっしゃるのでしたら、それで結構です。せっかく珍しい光景に遭遇いたしましたので、ガラにもない老婆心から警告いたしただけですので」
そう言うと、ヘルマンはあっさり背を向け、立ち去って行った……。